第16話【今度は頸と胴体が繋がっていると思うな】

 放課後、ウテナとユーベルは、異能空間内にいる気絶中の男子生徒の顔に水を掛け、無理矢理目覚めさせる。


 死体は見えないようにしているため、目隠しはしなくても問題ない。


 屋上のときはまだ軽度だったから何とか収集が付いたが、ユーベルが本気で暴走したら、自分一人だけで止められる自信がないため、無理言ってファルシュにも来て貰った。


「お前が何をして何をしようとしたのか、全部吐いて貰うよ。嘘を吐いた瞬間、ユーベルがまた腕を斬り落とすから、そのつもりで」


「は? え? え? えっ? は?」


「ゲヴェーア・ピストーレ、貴様、ミウリアさんに何をしようとしていた?」


 赤朽葉の髪をした男子生徒──ゲヴェーア・ピストーレは、最初こそ混乱していたものの、徐々に状況を理解したのか、はたまた殺気立っているユーベルが恐ろしかったのか、最初は暴れていたが、次第に大人しくなった。


 最初は誤魔化そうとしたが、噓を吐く度に、ユーベルがクーゲルの首を締めたことで、漸く観念したのか、正直に語り始めた。こういうとき、噓を吐いていれば一発で分かるユーベルの存在は便利だ。


 どうやらゲヴェーアは、メーティス学園の行方不明者について調べているらしい。友人が行方不明になっていることが、調べ出した切っ掛けであるようだ。調べていく内に、人為的に行われていることと気付き、何故このようなことをしているのか目的も判明したそうだ。


「目的? へぇ、教えてよ、それ」


 彼は酷く気色ばみながらも、「………………攫って、異能力を暴走させる薬の実験を行なっているんだろ」と言った。


「アイツらそんなことしてるんだ〜」


「はぁ⁇ お前らアイツらの仲間の癖に、何他人事みたいな反応してるんだよ⁈」


「「「……は?」」」


 彼はとんでもない勘違いをしていた。ストラーナを襲った男が、行方不明達を攫っている人物の一味であることは分かっていたらしく、男が彼女の部屋に訪れる場面を目撃した彼は、住んでいる相手には悪いと思いつつ、物的証拠を掴むチャンスと思い、遠くから様子を窺っていたらしい。


 いくら待てどもストラーナを襲った男は出て来ない。代わりに無傷のユーベルとミウリアが出て来るだけ。もう暫く様子を窺っていたかったが、ミウリアが彼の隠れている場所に近付いて来たため(ファルシュのところに行こうとして、偶然にそうなってしまったのだろう)、仕方なくこっそり自室に戻ったそうだ。


 次の日、ミウリア達が無傷であること、ミウリア達が何事もなく授業を受けていること、それらの理由からストラーナと襲った男は仲間と会っていたと勘違いしたらしい。


「普段から盗聴とか、盗撮とか、過剰なぐらい警戒しているみてぇだし……怪しいだろ」


 人から怨みを買うことをしているから防犯対策が過剰になっているだけだ。それ以上の理由もそれ以下の理由もない。


「お前の言いたいことは分かった。だけど勘違いしていることがある。まず俺達はアイツらの仲間じゃない。寧ろ被害者なんだ」


 ずっと黙っていたファルシュが、口を開く。


「はっ? どういうこと?」


「お前が目撃した男に襲われ掛けて、反射的に返り討ちにしたんだよ。咄嗟に反撃したから無事だっただけで、一歩間違えばヤバかった。ユーベルはそのことを何とも思っていなかったんだが、ミウリアは気が動転しちまってな……一応は、落ち着かせたんだが、どう対処いいのか分からないから、俺のところに来たんだ。ユーベルも知り合い叩き起こしに部屋を出て行ったんだが、その間に気絶から目覚めたらしくて、運悪く逃げられてしまったんだ」


 よくもここまでスラスラと噓を吐けるなと思いつつ、ウテナとユーベルは情意投合する。


「襲われた証拠もないし、こっちは無傷だし、襲った奴はどっか行ったしで、俺達なりにこの件にについて調べながら、とりあえず表面上は元の通りの生活を送っていたんだよ」


「え、噓……」


「普段から過剰なぐらい警戒しているのは、変な奴に狙われるからだよ。ミウリアって見た目が良いだろ? そのせいで変な奴がたかって来るんだ。実際そこにいるだろ──壁に叩き付けて壁ドンしたぐらいで、相手の腕を斬り落とす奴が。このレベルに到達する奴は中々いねぇが、これに近い過激さを持つ奴に絡まれることはそこそこあるんだ」


「あぁ……なるほど。可愛いもんな、あの子」


「一応擁護しておくと、そこの黒髪があそこまで攻撃的だったのは、襲われそうになったからってのもあるんだ。あんなことがあった後だから、気が立っていたんだよ」


 これに関しては素でやっているため、気が立っていたとか関係ないのだが、そのことがバレると厄介なことになるため、それらしい理由を口にして誤魔化した。


 ウテナはそれが分かっていたため、何も言わなかった。そしてユーベルが口を出さないように、アイコンタクトで黙れと伝える。


(本当のことを半端に混ぜているから、聞いていると本当にそれらしく聞こえるな。私達は事情を知っているから騙されずに済んでいるけど……)


 彼に騙される理由がよく分かった気がした。


「嘘か本当か疑わしいと思うかもしれないが、メーティス学園の行方不明者を出している連中の仲間ではない。薬の実験のこととかも初めて聞いたしな」


 この発言に関しては全て本当だ。

 一切嘘偽りない。


「ただ本当に俺達がアイツらの仲間なら、お前の腕をくっ付けたりしないだろう? ただ止血すればいいだけだ。縛っておいてこんなことを言うのもあれだが、これで信じてくれないだろうか?」


 ゲヴェーアは暫くの間考え込んでいたが、やがて口を開く。


「……完全に信じた訳じゃないけど、アンタの言い分も理解出来るし、今は信じるよ。今後も信じられるは別として。ぶっちゃけ三対一じゃ勝てねぇし、暴れたりしないから、悪いんだけど、拘束外してくれない? 体がクッソ痛いんだよ」


「その前に一つ訊きたいんだが、お前、行方不明が出ている件について、一人で調べたのか?」


「…………一人ではない」


「そうか──ユーベル、拘束を解いてやれ」


 ユーベルはゲヴェーアのところまで近付くと、しゃがみ込み──彼を睥睨へいげいし、肩を強く掴む。


「拘束は解いてやるが、ミウリアさんに謝罪するのを忘れるではないぞ? うでなければ、もう一回貴様を斬る──今度は頸と胴体が繋がっていると思うな」


 あまりの気迫に気圧され、ゲヴェーアは無言で首を縦に振った。逆らってはいけないと、本能が警鐘を鳴らしたからだ。


「お前は良くも悪くもぶれないよな。このミウリア厨め」


「それを言ったら貴様はラインハイト厨だろ」


「早く拘束解いてやれよ。お前ら」


 ファルシュにせっつかれ、結束バンドを鋏で切り、縄を解く。異能力を解除し、異空間から彼を開放する。


「勘違いしたのは悪かったけど、流石に腕斬んのはやり過ぎだし、衝動的に行動しねぇ方がいいんじゃないの?」


 謝ってくれと言う勇気はなかったが、腕を切られて文句を一つ言わないほど大人しい性格でもないため、嫌味も込めてそう言い放つ。


(腕が目に付いたから腕を斬られただけで、首が目に付いたら首を斬っていたんだろうな。そう考えるとコイツ、運が良いわね)


 訳も分からずに殺されなかったのだから、本当に運が良い。屋上で彼ごと胴体を斬られそうになったウテナは、嫌味でも何でもなく、本心からそう思う。


「ねぇ、ピストーレさん。私からも一つ訊ねたいことが出来たましたので、一分だけ時間を頂けないでしょうか?」


 思っていることとは別で、あることを考えており、確証を得るために、質問をする時間を取ろうとした。


 即座にこの場から立ち去りたいゲヴェーアだったが、彼女の横にいるユーベルが未だに険しい顔をしているせいで、断るのもそれはそれで怖いと感じ、了承の言葉を述べる。


「貴方のお仲間に、シエル・リュミエールという女子生徒がおりませんか?」


「はぁ⁉ なんで知ってんの?!」


「いるのですね。今ので分かりました。ありがとうございます」


「お前、アイツの知り合いなの?」


「顔と名前を知っている程度の関係ですよ。話したことなど殆どありませんから」


 何か問いたげな様子だったが、彼女の様子を見て、真面目に答えることはないと判断したのか、それ以上追求することはなく、そそくさとこの場から去って行った。


「うろ覚えだったから、ついさっきまで確証が持てなかったけど、アイツ、攻略対象の一人だよ」


 ミウリアから借りた異能力を発動し、またあの亜空間に戻ると、ウテナは先程から考えていたことを口にする。


「ゲヴェーア・ピストーレ、見たことあるな思っていたけど、ついさっきどこで見たのか思い出したわ。公式サイトに載っていたんだよ、アイツ。タイプじゃないから今の今まで忘れてたっぽい」


「そうだったか?」


「そうだよ」


「僕は閲覧した事が無いから知らん」


「お前はそうだよな。知ってる知ってる」


「主人公であるシエル・リュミエールと絡んでいるって聞いて、うろ覚えだった記憶が鮮明になったよ。どさくさに紛れて始末出来ないかな? あれだけの人数が行方不明になっている以上、今は表沙汰にならなくても、後ほど表沙汰になるだろうし、今のタイミングでアイツが死ねば、責任全部行方不明者出している連中に覆い被せることが出来ると思うんだよね。ヴォルデコフツォ家の力を使えば、ある程度は隠蔽出来るし、薬物実験の件とか、誘拐の件とかも、一応は誤魔化せるからな。まあ何度も使える手じゃないし、短期間で何度も事件を隠蔽出来る力ないけどね。一回くらいなら行けると思うよ」


「ゲヴェーア・ピストーレが、俺達が薬物実験している連中の仲間じゃないかもしれないと、自分の仲間に伝えた辺りで殺すのが、一番良いだろうな」


「向こうが信じる方向に傾いたタイミングで、私達がやったってバレないように殺せばいいよね」


「そうすりゃ勝手に勘違いしてくれるさ」


「ファルシュの異能力が活躍するかもしれんな」


 何とも身勝手で、筆舌に尽くし難い邪悪な会話を繰り広げている三人は、この好機をどのように利用するのかしか頭になかった。


 解放されたゲヴェーアは、ウテナ達が薬物実験をしている者達の仲間ではないかもしれないと、自分と一緒に行方不明者について調べている仲間に伝えた。仲間といっても、実際に友人が行方不明になっている彼と違い、シエルはただ単に正義感で動いおり、もう一人の仲間であるニコライ・ドゥナエフに至っては、興味があるという野次馬根性だ。


 野次馬根性で干渉して来る彼に苛立たなかったと言えば嘘になるが、非常に便利な異能力を持っており、情報収集という面では非常に役に立つ存在だった。彼がいなければ、薬物実験の件には辿り着けなかったかもしれない。その点に関しては非常に感謝している。


「へぇ、そうなんだ。ミウリアって子も、ユーベルって人も、後ろ暗い噂のある人達とチョー仲良しだし、行方不明の件に加害者として関わっていてもおかしくないと思ったんだけどなぁ」


「後ろ暗い噂のある人達というのは、ウテナさん、とかのことでしょうか?」


「うんうんそうだよ〜。ファルシュって人は詐欺まがいなことをしているっぽいし、ストラーナって人は平気で人のことを玩具みたいに弄ぶらしいんだよねぇ。だから関わっちゃいけない奴扱いされてるっぽいよー」


 ニコライは、面白おかしそうに話す。実際、面白おかしいのだろう。彼からすれば、娯楽みたいなものなのだから。


「ゲヴェーアさんのお話が本当かどうか、現時点では判断する材料はありませんが……ウテナさんの近くにいる人から話を聞けば、判断材料を得られるかもしれません」


「ああ、もしかしてそれって、ラインハイトくんのことかな? 彼ならまともに話してくれそうだし、悪くないんじゃない? 本当に判断材料になる話が聞けるのか分からないけどね」


「ラインハイト?」


「あれ? ピストーレくん知らないの? ウテナちゃんの下僕の男の子のことなんだけど」


 下僕という単語をテレビ以外で耳にするとは思わず、「下僕って、いつの時代だよ。今の時代、それってコンプラ違反でしょ」と、ツッコミを入れてしまう。


「コンプラ気にする人間は、人のことを縛り上げないし、人のことを平気で攻撃する奴と一緒にいないと思うよ」


 人の不幸は蜜の味というように、事件の関係者の前で面白おかしな態度を取れる人物だが、常識という概念は一応は存在しているらしい。


「ラインハイトさんにメールを送ったのですが、すぐに返信が来ました」


 返信の内容は、『お嬢様がこの件に関わっているのなら、行方不明者はこの程度では済んでいません。リュミエール様が今こうやってメールを送ることも出来ていません。今こうして貴方が無事でいることが、お嬢様が加害者として関わっていないことの証左です』だ。


 内容を読み上げた後、「何年もウテナさんの傍にいる御方の言葉ですし、信用に値すると思います。ある意味では」と、コメントし難そうにしながらも、携帯の画面を見せる。


「検討する価値は、あると言えばあんのか……」


 ゲヴェーアは暫く考え込んだ。

 この件に関しては本当に被害者なのか、そうでないのか。

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