五話 カビ話。翌の日のクソガキと腐れ仕置き


 しきがつかない理由。むらにいて、いないようなもんだってこと。昔、水の大鬼妖だいきように入られてから邑人に利用される為だけに生かされていること。などカビえたような話を。


「ふむ。で、わらわはどうぢゃ?」


「あ?」


「式がつけばこの邑を捨てられるんぢゃろ」


 思ってもみない提案だったが、私はもう一度黙殺もくさつしておいた。この天狐てんこが私の式になるだって? そんなうまい話あるかよ。つままれてかされて虚仮こけにされるのがオチだ。


 ユエ九尾きゅうび、というわりに一本しかない尾を揺らして私の反応を見ていた様子。なので私が無視しているのに気づいて「愛想を母御ははごの腹に忘れたか」とか言っているが違う。


 私からなにもかも奪ったのはこの邑と大凶作と皇太子こうたいしのアホな法案だ。母親なんて関係ない。父親も関係ない。私にとって両親なんていないも同然。わずかな実りと引き替えに私を山に捨てることに反対もしなかった。そんな親をどうやって大事に想えと言う?


 唯一、私が思えてハオだけだ。私を助けてくれた。名をくれた。大事だいじに守ってくれた鬼妖だけが私の大事。でも、想ってはいない。だって、彼のせいで私は、惨めなままだ。


 感謝している。でも、好きになれない。どうして、私を生かしたの? そう訊きたいくらい私は惨めだ。いっそあの時死なせてくれていればよかった。何度もそう考えた。


 そうして寝床を編み直す傍ら月の話を聞き流してその日は早めに就寝した。月は座布団でそのまま丸くなったので居つくつもりでいるのだろうか。ぼんやり考えて眠った。


 翌日、私は月にうるさくされながら朝餉あさげを食べて月にも「居候いそうろうをわきまえろ」ということで水分がほとんどの粥をだしてやった。月は文句を言わなかった。思えば、これこそ予兆よちょうだったのかもしれない。食事を終えた私は邑をまわって水を融通ゆうずうしてやった。


 それに対して大人から感謝があったことはない。別になくてもいいが、さも当然というような顔をされるのは腹が立つものだな。そして、邑のガキ共もいつも通りだった。


「やい、式無しきなし邑長むらおさのところに引水している妖力水ようりきすいをおいらたちの畑にも入れろよ」


「……」


 厚顔無恥こうがんむちもここまできたか。妖力水。特別に私が妖気を混ぜて調合した水で作物の質を高める。まあ、以外にも効能があるにはあるがここでは無用の長物ちょうぶつだ。そして……。


 妖力水を調合するのは疲れる。体の妖気を持っていかれるんだから当然だ。そいつをずいぶんと軽く言ってくれる。てめえらが使役しえきしている下等かとうあやかし共に頼めばいい。


 わざわざ私を捕まえて言う、ということは私を穀潰ごくつぶしだ、使われるだけだと認識しているということだ。腐った大人たち同様。それはつまり、こう言いたい。生かしてやっているのだから、と。……本当に阿呆あほうすぎる。わかっていないにもほどがあるぞ、ガキ。


「てめえらでやれよ」


「はあ? 生かされている身で」


「私はなにもなくとも生きていける。てめえらは生きる為のかて、食って飲んでする為に必要なすべてを私に「恵んでもらっている」ということを忘れているんじゃねえか?」


「……っ」


 痛いところを衝かれたガキは黙り込んだが、すぐさま身をひるがえして大人たちに告げ口にいった。そして、私には折檻せっかんが入った。私はもうこの時には「痛い」もなにも言わなくなっていた。悲鳴もなにもなく、殴られ、蹴られ、むち打たれても微動もしなくなるまで。


 私は仕置きにすら慣れ、どうでもいいことで、ここで、この邑で生きる限り続く腐れならわし程度に思っていた。痛みは、やがて引く。心の痛みさえ慣れれば無関心になる。


 そんなことに気づいてしまっていた。きっと世間せけん的にこれは「悲しい」ことになるんだろうけど私にとっては瑣事さじ以下でしかなかった。だって、どうであれ、どちらにせよこの邑の命綱いのちづなを握っているのは私だ。てめえらではなにもできない、しない、怠惰たいださだ。


 そのクセ自尊心じそんしんだけは私よりうんと高いやつらは私を式無だとか鬼娘とののしることで優越感に浸っているのだ。極まって愚かで腐っているだろう? これでよく生きられる。


 鬼の力に頼らねば仕事のひとつもできないどころかしない、というふざけた性根しょうね


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