第52話 山荘を手放す

 ◇ ◇ ◇


 山荘を手に入れる前、元の所有者が「離縁に最適な山荘だ」と語っていた。

 その時、直樹なおきの頭にはあおいの顔が浮かんでいた。葵を苦しめる健人けんとが憎くて仕方がなかった。そして、その健人の浮気相手が亮平りょうへいの婚約者である莉奈りなであることも、直樹には腹立たしかった。


 健人と莉奈をあの山荘に誘い、二人を消すことはできないだろうかと考えた。

 呪いや霊と言った類を最初から信じていたわけではないけれど、一縷の望みをかけ、あの山荘を手に入れのたのだ。

 そして、概ね期待通りの結果となった。


 葵に関しては思うようにいかなかったが、葵への淡い憧れはもう直樹の胸にはない。



 夏になり、直樹は救出に尽力してくれた商店へ一年ぶりに挨拶に伺った。山荘を手放す旨を伝えると、お祓いを何度も勧められた。だが、直樹はそれを次の所有者に委ねることにした。

 お祓いをするもしないもご自由に、と――。



 お盆はひとり自宅で過ごしていた。亡くなった健人と莉奈を追悼しながら、直樹はあの山荘を頭に浮かべていた。


 今頃、誰かがあの山道を駆け下りているのかもしれない。

 何度も山荘に戻されながら、それでも諦めることなく走り続けているのだ。

 あの子に見つからないよう今も必死に。




『いぃぃぃち、にぃぃぃっ、さぁぁぁん……。みぃつけた!』

 


      〈了〉

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コンセンサス 佐藤 楓 @erdbeere2023

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