デッドライン

黒いたち

デッドライン

 私には、三分以内にやらなければならないことがあった。


 深夜の街は、寝静まっている。

 その裏道を全力で走るのは、契約を履行りこうするためだ。

 定められた時刻に、定められた場所に到着する義務がある。

 

 この仕事は信用第一。

  

 しかし時計の針は無情かつ正確に時を刻み、「その時」はあっけなく通り過ぎた。

 途中で起こった、ネズミ・・・とのバトル――まさかあのような場所から、飛び出してくるとは思わなかった。

 

 そのせいで。

 

 薄汚いネズミに責任転嫁をこころみるが、どうにもうまくいかない。

 わかっている。自分の対応力が低いからだ。


 嘆いていても、はじまらない。


 闇のなか、ようやく到着した建物を、うっとおしく見やる。

 いっそ爆破してしまいたい。

 しかし私には金が必要だ。

 中にいる雇い主を、殺すわけにはいかない。 

 

 息を整え、閉鎖された建物へと歩をすすめる。

 薄明かりのれる裏口に、すばやく体を滑り込ませた。


「遅かったな、高梨たかなし


 背後からの声に、足がとまる。

 動揺を気取きどられないよう、私はゆっくりと振りかえった。


「ご機嫌よう、ボス。あやうく、ネズミと間違えるところでした」


 私の作り笑顔に、彼は腕を組みかえる。

 黒い制服に黒い帽子。

 鍛えぬかれた体は、威圧感がある。


「俺の管理区域に、ネズミが出ると思うのか」

「出たらボスが駆除くじょしてくださいね」


 なかば本気の軽口をたたき、仕事場へと向かう。

 三歩うしろからピタリとついてくるボスは、それ以上なにも言わなかった。


 扉を押しあけた私は、床の惨状さんじょうに閉口する。

 こびりついた赤い液体。潰れたトマトのようなモノと、飛び散ったピンクの肉片。


「……おまえの仕事を残しておいた」


 ボスは目をらし、壁に掛かっていたモップを投げる。

 私はため息と共にキャッチする。

 ボスはいつも掃除を忘れる。

 

 モップを滑らせると、べたつく感触。

 嘘つきなボスに、些細ささいな仕返しがしたくなった。


「今日もボスが、デッドラインをくぐるさまを、楽しみにしています」

「は?」

「毎晩、毎晩、仕事のたびに。いつか取り返しがつかなくなりますよ」


 困惑する彼に、笑いがこみあげ、私はさらに饒舌じょうぜつになる。


「ハーバード大学の教授によれば、『一度に食べてもいいフライドポテトは6本』だとか」


 そのとき、インカムに通知音が届いた。


 ターゲットだ。


 監視カメラの画像を凝視する。

 停車したのは白いセダン。

 運転席のスモークガラスが、ゆっくりと下がる。男だ。


 本業の開始に、私は大きく息を吸う。


「いらっしゃいませ! ご注文をどうぞ」

「ビックバーガーセット。コーラで」

「ただいま+20円で、ポテトLサイズに増量中です」

「じゃ、それで」

「かしこまりました」


 インカムを切り、ポテトを詰めながら、キッチンに声を投げる。


「ポテト中毒仲間のお出ましですね! すえは肥満か動脈硬化か」

「高梨! 口より手を動かせ!」

「もう終わってまーす。ボスのビックバーガー待ちでーす」


 ドライブスルーは2時まで営業。Mバーガー金沢店は、今宵こよいも平和だ。

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デッドライン 黒いたち @kuro_itati

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