魔法使いになれていなかった俺。

シーラ

第1話


私の名前は、ツヴィリ・シグマフォー・ディフィニション。人目を忍んだ片田舎にて、長年召喚術の研究に勤しんでいる。


研究材料を手に入れる為、危険な魔窟をたった一人で攻略していた時だ。偶然、古代遺跡から秘宝レキシコンを手に入れた。そして、膨大な叡智の結晶を己の知識としたのだ。


『ツヴィー様は今日もカッコいいですぅ!すきすき!大好きっ!』


「ふっ。お前のその穢れを知らぬ無邪気さは、凍っていた私の心を癒してくれる。感謝しておるぞ。」


『そ、そう言ってくれるなんて……アタシ、う、うれしいですぅ。』


使い魔として傍らにいるのは、過去に誰も飼い慣らす事のできなかった聖獣。

これも偶然、湖の辺りで薬草採取をしている時に姿を見せた。私の力の波動を感じ取り、配下になりたいと懇願されたのだ。

そんなものはいらないと跳ね除けたのだが、付き纏われ続けてしまい、根負けして使い魔として使役している。


「むっ?敵の気配がする。……この覇気は、魔王クラスだな。私の力の波動を追ってきたようだ。仕方ない、遊んでやろう。いくぞ。」


『うんっ!』


普段の聖獣は、力を抑える為に手のひら程の姿だ。しかし、我が声に応えたときに真の姿を表す。

バサリと黒いマントを翻し。レキシコンを右手で開き、左手で片眼鏡をクイっと上げた。


「天から賜えし永久の穢れなき力よ。我は誓う。大きなる災いに瀕した時に、彼の者に永久の如く劫火を与えたまえ。


我が祝詞に応えよ。聖獣ユニコーン!!」


詠唱を唱えると足元に魔法陣が出現し、小さかった聖獣が本来の姿を表した。


『我が主人よ。いかほどにしましょうか?』


「ふっ。決まっているだろ………殲滅せよ!!」


鋭い角から放たれた光が、敵を薙ぎ払った。


ーーー


「ふぅ。今日はここまでにしよう。」


マントを脱ぎ、片眼鏡を外す。髪型を整えれば、かりそめの姿に変身する。


今いる公園は、夕方になると誰もいなくなる。訓練にはもってこいだ。

リュックに道具類を詰めて背負い、来た道を戻る。あまり遅くなると母が心配してくるからだ。ウザイ。


俺の普段使う名前は、山田太郎。両親と姉がいる。これは、市井に紛れる為に作り上げた仮初の家族だ。

誰にも見られないように帰宅し、周りを確認しながら家に入り、気配を隠しながらそっと本棚に本を仕舞う。

2階に忍足で上がり、部屋に入って鍵をかけ、リュックを下ろしてやっと一息つく。今日もやり遂げたぞ。


「あー、だるっ。明日は英単語の小テストか。うざっ。あー、くそ。まじでくそ。」


椅子に座り、単語帳を鞄から取り出して机に置いてペラペラと捲る。ちっとも面白く無い。こんなの覚えて何になるんだよ。俺は日本人だから、英語なんて必要ないんだよ。

やる気が失せて、側のベッドに横になる。何か太ももに当たるなと思ったら、ポケットにユニコーンキーホルダーが入ったままだった。取り出して机に投げて寝る。


夢の中に住む、エロくて可愛い女の子を可愛がってやらないと………。


『……おきな……太郎……起きな太郎っ!』


良い夢を見ていたのに、ドンドンと扉を強く叩かれる音と姉の罵声で目を覚ます。せっかく良い所だったのに。


「うるせぇブス!」


『あぁ!?…………っち、早くしな!』


最後にドン!と扉を蹴り、姉が下に降りていく音が聞こえる。


「あー、うざい。一人で食いたいのに。あーあ。アイツらがいると食欲失せるっての。」


そういえば、靴下を履いたまま寝てた。下に降りて脱衣所の洗濯カゴに脱いで放り投げていると、居間が妙に静かなのに気が付いた。いつもならテレビの音や、母と姉の馬鹿話が聞こえてくる筈なのに。変だな。


腹も減ったので居間に入ると、普段はこの時間にいない父までいた。父、母、姉。煮えたぎる鍋の置かれたテーブルを囲い、黙って座っている。


「……。」


テストが赤点だったから叱られるのかもしれない。適当に聞いておくか。地球の勉学など、この俺には必要の無いものだ。


「太郎。座りなさい。」


父に促され、いつもの席に座る。グツグツと煮える鍋の音が響く部屋。早く叱るなら叱れとイライラしていると、父がため息をついた。


「太郎。お父さんの友達がお寺の住職をしているのは知っているな?」


「……あぁ。」


公園の近くにあるちっさい寺の住職。俺が小さい時からよく可愛がってくれる人だ。何かあったのか?


「2日前。近所の御老人からお話しを受けたんだと。2ヶ月程前から、夕方になるとお寺の方からお経が聞こえると。熱心な事だと言われたが、その時間は別の仕事をしているので身に覚えがない。

次の日、その時間に近くを歩いてみると何処からか何かを唱えている声が聞こえてきたそうだ。声を頼りに探してみたら、公園にいるお前を見つけたんだと。」


あ、これ終わった。


「住職さんから俺に見るようにと言われてな。今日、仕事を切り上げて公園で張ってたんだ。そしたら、お前が来た。」


暫くの沈黙の後、父が泣き出した。俺も泣きそう。


「……すまなかった。」


「ふほえっ!?」


呆れられて怒鳴られるかと思っていたのに。俺の変な声に、母も気付いてあげなくてごめんねと泣き出した。


「太郎。お前を男として育てていた。それが当たり前だと思っていた。本当は違ったんだな。押し付けていて、すまなかった。……住職さんにも言われたよ。家庭を蔑ろにし過ぎだと。その通りだった。」


ちょ、ちょっとまて。なんでこんな???えぇ!?


「太郎は、女の子になりたいんだろ。わかってる。あんな所で一人寂しく。……いつから悩んでいたんだ?」


「えっと、なんの事やら、さっぱり。」


「お姉ちゃんのスカートを着て、お姉ちゃんのキーホルダーに何かのポエムを語りかけていたじゃあないか。えー、魔法少女とか、そんな感じのやつだろ?」


違う。全く違う。姉の着なくなった黒スカートの一部を縦に切って、ラップマント風に着てるだけだ。キーホルダーはもういらないとゴミに捨てていたのを拾った。それに、転んだ時に片方レンズが外れた片眼鏡つけてたじゃないか!それっぽくしているのに!ちゃんと見ろよ!いや、見てなくて良かったのか?


「いやっ、ちがう………」


「ユニコーンと友達なんだろ?お前は、乙女に憧れているようだと住職さんも言っていたんだ。」


「…………えっ?」


その時の俺は、ペガサスとユニコーンの違いを知らなかった。

有名な筋肉ムキムキのキャラクターがペガサスを従えているので、インテリ系の俺にはユニコーンが相応しいと眷属にしただけ。それだけなのに。


「………ぶひふっ。」


両親が泣いている所に、吹き出す声が。姉を見ると、全部知っているようで。顔を真っ赤にして笑いを必死に堪えていた。


「……た、たろ『ちゃん』。今度、お姉ちゃんがドレスでも買ってあげるよ。……ぼぶっ。」


「違うっ、ちがうぅ………」


恥ずかしくて、いたたまれなくて。俺は大泣きしてしまった。


その後、俺はリュックの中身を見せて全部話し。両親から叱られるのであった。

煮え過ぎた鍋の味は、今も忘れる事はなく。その後、鍋が出る度に姉にからかわれた。住職さんは、妙に優しく接してくるようになった。


もう、笑ってくれ。


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