この気持ちをやっぱり伝えたい

護武 倫太郎

この気持ちをやっぱり伝えたい

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。それは、向かいのホームにいるあの女子に告白することだ。

 

 彼女とは毎朝、この駅のホーム越しに会釈をする程度の仲だ。名前はおろか年齢も分からない。唯一分かっていることは、隣町の女子校に通っているということだけ。

 でも、全く知らない仲というわけでもない。


 思い返すと、あれは1年前。僕が駅で落とし物をしたことに端を発する。

 あの日の僕はいつものように学校に向かうため改札に入ろうと、ポケットから定期を取り出そうとした。しかし、いつもポケットに入れていたはずのパスケースが見当たらないことに気づき慌ててしまった。そんなときに彼女が声をかけてくれた。


「大丈夫ですか?何か落とし物ですか?」


 同じ高校生とはいえ、見ず知らずの、それも他校の男子に手を差し伸べてくれるなんて、なんて良い人なんだと僕は凄く感激した。


「あっ、いえ、その……定期が入ったパスケースを落としてしまって……」

「もしかして、これですか?」

「そっそれです。拾ってくれたんですか?」

「はい、すぐそこに落ちていたので、もしかしたらあなたのかなって思って。でも、見つかって良かったですね」

「あっ、ありがとうございます。凄く助かりました」


 彼女はとても優しく、素敵に微笑んでくれた。

 このときだ。きっと、僕が彼女に一目惚れをしたのは。


 本当だったらここで、お礼をしたいので連絡先でもなんて言えれば格好が付くのに、奥手だった僕はそんなことができるはずもなく。電車が出るからなんて理由でそそくさと逃げるように別れてしまった。


 けど、あれから毎朝彼女をホーム越しに見かけるようになり、なんとなく彼女も僕と目が合うようになり、毎朝会釈をし合うような関係になったんだ。


 けれど、その関係も今日で終わってしまう。彼女はこれからもこの電車に乗り続けるのかもしれない。しかし、僕の高校生活は今日が最後。


 3月1日。


 今日僕は高校を卒業する。来年からは東京の大学に進学することが決まっている。この電車に乗るのは今日が最後だ。勇気を出せないまま刻々と時間だけが過ぎていき、電車が来るまでもう2分もなくなっている。電車が来てしまったら彼女とはもう一生会うことはないだろう。

 そんな後悔したまま高校を卒業するのか。これからの新生活を迎えるつもりなのか。


 そんな意気地のない僕とは、もう卒業するんだ。

 僕は俯きそうになる顔を真っ直ぐに上げた。



 私には三分以内にやらなければならないことがあった。それは、向かいのホームにいるあの男子に告白することだ。 


 彼のことは入学当時からなんとなく認識していた。だって朝の早い時間からこの駅にいる高校生は、私と彼くらいしかいないから。他の子たちはみんな次の時間の電車で通学している。

 私は朝一番に教室に入って、お花に水やりをするのが日課だったんだけど、彼はなんでこんな早くにいるんだろう?朝早くに何をしているのかな?なんとなく気になったっていうのが彼に抱いた最初の印象。


 それからしばらくしたある日、私は駅以外の場所で初めて彼を見かけた。休日のイオンでも制服を着ていた彼は、ある意味とても目立ってはいたのだけれど。それ以上に私の目を奪ったのは、彼が迷子の女の子の手を引きながら大声を張り上げ、ご両親を探していたからだと思う。

 彼は人目もはばからず、女の子と一緒にお父さーん、お母さーんと探してあげていた。正直、迷子センターなりに連れて行った方が良いのだろうが、その不器用な優しさに少しだけキュンとしたのを覚えている。


 多分、それが彼に一目ぼれをしたきっかけだったと思う。


 それからというもの、彼に話しかけたいと思いながらも私は勇気を出すことができなかった。何かきっかけがないかと探していたらいつの間にか1年がたっていたほどだ。そんなある日、彼のポケットから何かが落ちる光景を目にした。改札の前で慌てている様子を見るに定期券だろうか。

 

 話しかけるきっかけだ。


「あの……大丈夫ですか?何か落とし物ですか?」


 不自然じゃないかな。ずっと話しかけたかったって気づかれちゃうかな。そういえば今日の私、ちゃんとかわいい……よね?


「はい、すぐそこに落ちていたので、もしかしたらあなたのかなって思って。でも、見つかって良かったですね」

「あっ、ありがとうございます。凄く助かりました」

「よかったです。あの……毎朝この駅で会いますよね」

「そっ、そうでしたっけ?ごめんなさい。僕、気づいてなくて」

「いえ、向かいのホームで毎朝見かけるなあって、勝手に思っていて。ごめんなさい、なんか変ですよね……」

「ぜ、全然そんなことないです。あっ、もう電車が来ちゃう……ごめんなさい、僕もう行きますね」

「あっはい」

「あの……定期、本当にありがとうございました。その……お気をつけて」

「ふふっ、お気をつけて」


 思えばきちんと彼と会話をできたのはこのときだけだった。本当なら彼の名前を聞いたり連絡先を交換したりしたかったのに。

 私には勇気が出なかった。

 毎朝ホーム越しに会釈をしあうのが精いっぱい。何も変わることがない二人の関係を変えることができないまま、今日という日を迎えてしまった。


 3月1日。


 私は今日高校を卒業する。東京の大学に進学することが決まっている私はもうこの電車を利用することはないだろう。そうなると、もう彼とは会うことができない。

 本当にそれでいいの?

 もう一度勇気を出さなくて、本当に後悔しない?

 ううん、後悔するに決まっている。電車が来るまでもう2分しかない。

 今日私の想いを告白しないと。


 私は臆病だった自分と卒業しようと、顔を真っ直ぐに上げた。



 2人が顔を上げたのは同時であった。同時に目と目を合わせ、同時に向かいのホームに向かって走り出した。

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