第51話 ダールドでのミッション
イグナシア王国の紋章がついた大きめの馬車が、整備された街道を走る。
キャビンの中には三名が乗車しており、御者が二頭の馬を巧みに操っていた。
乗客の重量と馬の能力から計算すると、まだまだスピードは出せるのだが、ここでは無理をさせない。旅は、これからも長く続くのだ。
御者席に座るレイヴンは、暖かい日差しを浴びながら、次の街を目指す。
香辛料で有名だったトゥオールの先は、サイヤルという街である。その街については素通りする予定だった。
宿泊は、『
サイヤルを通り抜けたとして、この移動ペースだと、港町ダールドまでは三日で辿り着く計算になった。
馬車の旅には、もう慣れて、今ではカーリィもアンナも御者の技術を身につけている。四人でローテーションを組めるようになっていたのだ。
それで、間もなくカーリィと代わる頃合いになる。
「そろそろ、交代しましょう。疲れたでしょ?」
キャビンの前方にある窓から、赤髪にセルリアンブルーの瞳が覗いた。タイミング的に休憩をとってもいい頃となる。レイヴンは、その時に入れ替わろうと考えた。
「そうだな・・・もう少し、見通しがいい場所に着いたら、休みを入れる。そこで、代わろうぜ」
「分かったわ」
レイヴンは馬車を安全に停車できる場所まで進める。程なくして、キャンプ用で開けた場所に到着すると、馬車の車輪がゆっくりと止まった。キャビンの中から、仲間全員が外の空気を吸うために出てくる。
「レイヴンさん、どうぞ」
「ああ、すまない」
アンナから飲み物を渡されて受け取った。一口含んで、馬車の方を見ると、カーリィが既に御者席に座って、メラと話し込んでいる。
馬車を操作する前に、再度、コツなどのレクチャーを受けているのだろう。
この御者の交代制の話。当初、二人の関係性から、カーリィが働いている間、自分が中で休むという事に難色示したメラであったが、「特別扱いは困るわ」という主人の一言で決定する。
それでも、やはりカーリィの事が心配なのか、何かにつけてメラは気にかけるのだ。
実際、ヘダン族の族長の娘が御者を務めるのは、これで二度目なのだが、最初の時はキャビンの窓から、ずっとカーリィの様子を見守るメラ。
レイヴンは呆れかえるが、そうしていた方が落ち着くと彼女が言うため、好きにさせることにした。
ただ、それだとカーリィが気になって集中できないというので、今回はきちんと休む予定。
その前に、伝えるべきことを全て伝えておきたいという気持ちがメラにはあった。それを理解しているカーリィは、大人しく話を聞いているのである。
話が終わったのか、二人がやって来ると、レイヴンは全員に腰を下ろすように促した。
これから、港町ダールドで実施すべき点を伝えるのである。
それは、三つほどあった。
まず、一つ目は、ダールド周辺を治める領主マークス・ポートマスと面会し、保護されている海の民の女性と会う事。
次に二つ目は、その海の民の女性から、海の民の国マルシャルに入る協力を取り付ける事である。
そして、最後の三つ目は、ラゴス王に頼まれたダールドの状況視察だった。
もっとも、ここで重要なのは、保護されている女性が本当に海の民がどうかという点である。
万が一、違った場合は、全ての計画に狂いが生じてしまうのだ。
ただ、レイヴンには間違いなく、海の民だという確信がある。
それは、今回の旅の途中に会ったニックも、ダールドの砂浜に海の民の女性が打ち上げられたとの情報を仕入れていたからだ。
レイヴンは、ニックが経営するスカイ商会の情報の正確さには信頼を寄せている。
冒険者ギルドのグリュム、スカイ商会のニック。この二人が同じ事を話しているならば、それは限りなく真実に近いと思って間違いないはずだ。
続いて話題は、いざダールドに着いた際の一行の動きに移る。
真っ先に領主の館に行くべきなのだが、全員で向かうか手分けして、周辺で聞き込みを行うかで議論した。
結論から言うと、全員で向かう事にする。
現時点で、調べるといっても調査対象は領主の屋敷の中にいるのだ。
「ところで、マークス卿に、あまりいい噂を聞かないみたいだけど?」
「ああ、彼の上には優秀な兄がいたらしい。その長男とやらが父の急死に続いて、すぐに亡くなったそうだ」
レイヴンの話は、簡単に聞き流せることではない。偶然という事は、勿論、ありえるのだが、これが貴族の間で起きたとなると、世間はそうは思わないのだ。
「・・・何だか怪しいわね」
カーリィの意見に全員が同意する。まだ、会ったことはないが、漠然とマークスに対して、負のイメージがつき纏った。
ただの噂であればいいのだが、ラゴス王がレイヴンに視察を頼む時点で、ある程度、答えが出ているような気もする。
いずれにせよ、本人に会ってみてからの話だ。
「ちゃんと会えるのよね?」
「そこはラゴス王さまの紹介とレイヴンさんが仰せつかった、お役目であれば、大丈夫だと思いますよ」
カーリィの質問にアンナが答える。仮に拒否した場合、レイヴンから、謁見拒否、場合によっては王国に叛意ありの報告がラゴス王に届くことになるのだ。
それは、マークスにとっても都合が悪いはず。
「それで、その海の民の女性を味方に引き入れたとして、どうやって海の民の島まで行くつもりですか?」
「そりゃあ、レイヴンの事だから、船も『
カーリィに高く評価してもらって、ありがたいが、残念ながら、そんな船などレイヴンは持っていなかった。
その理由は、川や湖に出るのならともかく、外海となると、海の知識がないと航行なんてできやしないからである。
海には穏やかな凪もあれば、大荒れの
操船技術のないレイヴンにとって、例え船があっても無用の長物となる。
「それじゃ、どうします」
「まぁ、今のところ、考えているのは現地調達だな」
港町であれば、漁師を含め、船を出すことができる人物は、いくらでもいるはずだ。
別に海の民に戦争を仕掛けようという訳ではないため、船は戦船じゃなくてもいい。
この人数を乗せて、安全に航行できる船と、船長を見つけることは、それほど難しい問題とは思えないのだ。
「じゃあ、後はあいつらね」
あいつらとは、当然『
彼らのやり口を考えれば、その女性を人質にして、海の民に『海の神殿』への案内を要求することは、容易に想像できる。
実際、その手口でファヌス大森林の『森の神殿』を攻略しているのだ。
「何としても、その女性を守らないといけませんね」
経験者である森の民、アンナがそう宣言する。
「その通りだな」
ダールドに着いて、実施する事が一つ追加された。しかも、それは絶対に達成しなければならないミッションである。
レイヴンたちは、気合を入れ直して、再び、馬車に乗り込むのだった。
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