第50話 アンナのスキル
イグナシア王国内、オットーの街を越えた西部地区を縄張りとしていた野盗の頭、モーブを文字通りぶっ飛ばしたレイヴン。
意外と、有名な野盗団だったようで、王国の紋章をあしらった馬車一行の勇名は、この地に響きわたる。以降、恐れをなして襲ってくる
おかげで、快適に馬車を走らせることできるようになる。
夜は夜でキャンプファイヤーを楽しむ余裕まで生まれた。
ただ、盗賊は現れなくなったが、魔物は、また別の話。休んでいるところ、火の
この辺のモンスターは、主に夜行性の吸血バット。但し、この程度の魔物に苦戦するレイヴンたちではない。
接近を許し、体に取りつかれれば厄介だが、その前にカーリィの炎の壁で一定の距離を保つと、アンナのスキル『
聴覚が異常に発達している吸血バットには、天敵ともいえるスキルで三半規管の機能を狂わすと、次々と宙を浮いていたモンスターが地面に墜ちていく。
そこをレイヴンとメラで、難なく仕留めるのだ。
このように簡単に退治できるとあって、身の危険は、まったく感じない。
昼も夜も苦にならないとなれば、旅は順調に進み、あっという間に、次の街が見え始めるのだ。
オットーの次は、トゥオールという街で、ここは香辛料などが有名な都市である。
この街では、念のために食料の買い足しをする事にした。
『
道中、御者で頑張ったメラには、先に宿で休んでもらうことにして、付き添いにカーリィを残した。レイヴンとアンナ、クロウで買い物に出かける。
緑色のフードを目深に被る森の民の少女は、ついこの間まで、『森の神殿』があるファヌス大森林から、一歩も外に出たことがなかった。
前回の砂漠の旅も新鮮だったが、訪れたことがない未知の街中を歩くのは、彼女の好奇心を刺激する。
見る物、全てに対して、高揚する気持ちを抑えられないのだ。
「あれは、何ですか?」
「スパイスミルだろ」
ハンドルを回して香辛料を挽く道具をアンナは指さしている。レイヴンは、実際に手に取って、使い方を教えてあげた。
「へぇ、面白いですね」
「よし、これを使って、今度、肉料理を楽しもうぜ」
レイヴンの提案で、次回の野外泊した際の一品が決まる。
それに合う香辛料も何種類か見繕って、購入するのだ。
その中には、『ペッパーMAX』という謎の香辛料もあり、売った店主の話では世界一辛いため、使用する時は何千倍も薄めてくれとの注意を受ける。
普段は、そんな注意を店側もしないのだが、今回は特別。レイヴンの場合は『
費用のことなど気にせず、一度に大量買いするため、店主の方が心配になったのだ。
この大人買いならぬ爆買いは、お店側からすると、大変、ありがたいのだが、他の客の目には派手な買い物をするお
少々、悪目立ちが過ぎたようで、買い物の帰り宿屋に向かう途中、ガラの悪い連中に絡まれたのだ。
行く手を、五、六人の男たちに遮られる。
「よう、ご機嫌に買い物していたようだが、金が余っているってんなら、俺たちがもらってやるぜ」
リーダーと思しき男がにやけながら話しかけてきた。追従するように、他の男たちが笑い始める。
余裕を見せるゴロツキたちだが、レイヴンからすると、何がおかしいのか、まったく理解できなかった。
すでに攻撃が届く間合いに入り込んでいるのに、緊張感の欠片もない。この男たちのレベルが知れるのだ。
「正直、余っちゃいるが、お前たちに与える金はない・・・かな」
「素直に渡すのが身のためだぜ」
リーダーがナイフを抜くと、その他の者も一斉に刃物をちらつかせる。
レイヴンに言わせると、戦闘態勢に入るのが遅いし、そんな物一つで、強気になれる単純さが羨ましいとさえ感じた。
仕方なく、相手をしようとすると、アンナが止める。
「モーブとかっていう人が頭の盗賊団の時、私は何もしていませんから、ここは任せて下さい」
「分かった。任せるよ」
相手の力量を見切ったレイヴンは、アンナ一人に任せても問題ないと判断した。
逆に自分だったら、やり過ぎてしまう可能性がある。その点、アンナであれば大丈夫だろう。
最低限、一泊はするこの街で、刃傷沙汰は避けたいのだ。
「スキルを使うなら、耳を塞ぐぞ」
「大丈夫です。指向性をつけるのをマスターしましたから」
アンナが言うには、スキル『
『
つまり、スキルの効果に敵味方はまったく関係ないのだ。
ウォルトや吸血バットを相手に使用する『
しかし、その他のスキルだと、どうしても仲間が近くにいる場合、能力が限定されてしまうのだ。
そこで、アンナが考えたのは、音波に向きを与えることである。
イメージとしては、乗せたい旋律を超音波で包み込むそうだが、その辺は感覚なので、アンナにしか分からないことだった。
正直、説明されてもレイヴンには、よく理解できない。
ただ、この指向性の効果によって、『
カーリィが『
アンナは鉄笛をフードの中から取り出すと、可愛い唇を近づける。
何より、努力の結果を、いの一番にレイヴンに見せることができるのが、アンナは嬉しかった。
『
アンナが奏でる旋律は、暴漢たち六人を襲い、一人残らずスキルの餌食となる。
放ったのは、その名前の通り、相手を眠らせるスキル。
道端に男六人がいびきをかきながら眠る光景は、日常風景からかけ離れている感じがする。
「兄さん、誰かくるよ」
クロウが人の気配を察知したようだ。このまま、ここに残っていると、面倒なことが起きること間違いない。
レイヴンとアンナは、この路地を離れるため走り出すのだ。
途中、躓きそうになったアンナに手を貸す
その手を握り、一緒に走る森の民の少女は、『
あの時は、大きな使命に身を震わせ、心細く感じたものだ。
ところが、今は異国の街での、ちいさなプチ冒険もワクワクしながら楽しんでいる。
自分の小さな手を握った先にいるレイヴンに出会えて、本当に良かったと思うのだった。
「ん、どうした?」
「何でもありませんよ」
二人と小さな鳥の影は、見知らぬ街中で、段々と小さくなっていくのだった。
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