宝のたから

空峯千代

今日はカレンダーの丸印

天ヶ瀬宝あまがせたからには三分以内にやらなければならないことがあった。


「まだ下降りたらダメー?」

「ダメ! あと三分だけ待って!」


 準備が出来たら部屋まで呼びに行こうと思っていたのに。

 この時間、才がリビングへ降りてこようとするのは珍しい。

 

「ほんとに、すぐ済むから」


 言いながら、俺はキッチンの冷蔵庫を開ける。

 目当てのものをテーブルの上に置いて、食器棚からグラスも出しておく。

 この日のために丹念に磨いておいたグラスはピカピカ光っていた。


「僕、トイレ行きたいだけなんだけど。それでもダメなの?」

「ダメ!!!!!!」

「漏らせってことか?」

 

 時計を横目で見ると、あと二分。

 手に持っていたバルーンに空気を入れて膨らませていく。

 空気で満ちた風船は、きれいな星の形になっていた。


「そこまで必死になられると不安になる」

「別に必死じゃない」

「噓だ、焦ってる」


 あと一分。

 しびれを切らしたのか、才は階段を降りてくる。

 俺は急いで、用意していた長方形の箱をリビングへ移動させた。


 時計の針が十二時を指す、ほんの数秒前。


 才が階段を下りた瞬間、俺は一階の電気をすべて消した。

 家の中は暗闇に包まれ、一切の光がない。

 

「え、た、たから…?」


 迷子の子供みたいに才が俺の名前を呼ぶ。

 暗闇の中で辛うじて見えた、不安そうな才の腕をそっと掴んだ。

 リビングまでゆっくり誘導して、薄い暗闇の中でろうそくに火をつける。


「はっぴーばーすでーとぅーゆ~」


 俺は久しぶりに口ずさむ歌をのんきに歌った。

 そこに立っているであろう才の顔は、まだよく見えない。


「はっぴーばーすで~! でぃあ、才ー!」


 最後の「はっぴーばーすでーとぅーゆー」を歌い終えて、ケーキを才の眼前まで持っていく。


「誕生日おめでとう。火、消しなよ」


 俺が促すと、才は数秒遅れで息を吐いた。

 控えめに吹かれた息で、ろうそくの火が弱まった。

 吐く力が足りていなかったのか、ケーキに刺さったそれらはまだしっかり燃えている。


 一旦、電気をつけてからでいいか。

 バースデーケーキをテーブルに置いて、電気を付け直す。

 すると、白色の室内灯に照らされた才は静かに泣いていた。


「才? ビックリした…?」


 涙を流している才は、頬に伝うしずくを拭うでもなくただ泣いている。

 特に何を言うでもなく、表情も読み取れない。


「とりあえず、タオルあげるから。涙拭いて」


 サプライズ、嫌いだったかな。

 トイレ行きたがってたのに止めたから良くなかったか?

 俺は頭に過る可能性を考えながら、人一倍繊細な友人をなだめようと努力した。


「宝が」

「…俺が?」

「どこかに行くのかと、思って」


 俺が、どこに。

 叔父からもらったこの家をつい棲家すみかにしたいくらいなのにな。


「僕は、この生活があたりまえだと思ってないし。まだ分不相応だと思ってるから」


 才の顔が伏せられた。

 この友人は、時折ものすごくしょぼくれてしまうのだと知っている。

 そして、あまりにも優しいのだということも。


「才、俺はね」


 だから、彼には対話が必要だ。

 面と向かって、言葉で伝える必要がある。


「日付が変わる瞬間、才の生まれた日を祝いたかった」


 イチゴの乗ったホールケーキ。

 バルーンの飾り付け。

 一ヶ月悩んだ末にやっと買えたプレゼント。


「置いていこうと思ってたら、ここまでしなくない?」

「…誕生日なんて忘れてた」

「忘れないでよ。これからもお祝いしよう」


 涙をすっかり拭いた才の顔には笑顔が浮かんでいた。

 皺が刻まれるくらい、これからもたくさん笑うといいよ。

 ひっそり祝福と願いを込めながら、もう一度ろうそくの火を消すように促した。


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