三分は誰がために

円野 燈

三分は誰がために



 カップラーメンには三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、人間が食するちょうど良い柔らかさになることだ。それが彼ら・彼女らに託された使命だ。


 今や国民食に留まらず、世界的な人気食品へと上り詰めたカップラーメンは1971年9月18日に販売開始となり、その手軽さから一気に人気を博した。そして、令和の現在までに様々なこせいのカップラーメンが登場し、食品会社各社が鎬を削る、まさに「カップラーメン大競争」の時代となっている。因みに私は、1958年の8月から世に出ている。


 話を元に戻そう。

 カップラーメンには熱湯が必要だ。それは人間が用意し、発泡ポリエチレン断熱皮膜加工の紙製カップの容器に入れてくれる。なのでカップラーメンの仕事は、人間においしく食べてもらうまでの準備だ。

 もちろんコンディションは、いつもどの個体も完璧だ。しかしたまに、イレギュラーな問題が起きることがある。

 それは、


 お湯の温度が思っていたより低かった時だ。


 一般的に、カップラーメンを作る際の最適なお湯の温度は100℃程度とされている。しかし時々、それより低い温度のお湯が投入されることがある。それはカップラーメンにとって、任務遂行が危ぶまれる最悪の事態なのだ。


 まず、麺が最適な柔らかさにならない。

 お湯の温度が低いならその分長く蓋しとけばいいんじゃね?

 そんなことを一瞬でも考えたそこのきみ。今日から一週間カップラーメンを食すことを禁じる。

 カップラーメンの使命感を甘く捉えないでくれ。彼ら・彼女らは、人間においしく食されることを至上の喜びとしているのだ。その適当な考えは、彼ら・彼女らへの侮辱に値する。


 しかも、弊害が出るのは麺だけではない。

 皆も好きであろうあの謎肉も、歯応えがちょっと残ったままになってしまうのだ!

 麺だけでなく謎肉まで中途半端な出来は嫌だろう。

 因みに私は、歯応えがちょっと残った謎肉も好きだ。

 

 このように、お湯の温度が100℃以下だと弊害が出るのだ。この環境下で無事に出来上がるのは恐らく、たまごとネギくらいだろう。

 いや、別にそのくらい気にしないし。食えりゃ文句ないし。

 などとまた戯けたことを考えたな。カップラーメン禁止令を一ヶ月に延ばす。


 全く人間というものは、自分のことしか考えていないのだな。自分が良ければそれで良いという思考は、いい加減やめたまえ。

 カップラーメンはな、人間に食されるために誕生するのだ。そんなこと何度も言わなくてもわかっているだろうが、

 

「如何に短時間で自分を仕上げ、完璧な状態で人間の腹に入り、人間の空腹を僅かな合間に満たすこと」

 

 が、彼ら・彼女らの一生に一度だけの使命なのだ。


 即席麺という手の取りやすい身近な存在のあまり軽んじられてしまいがちだが、その存在価値は決して軽んじてはならないのだ。

 人間が日々、勉学に励んだり仕事に勤しむのと同じように、彼ら彼女らもまた、何処かの誰かのために製造され、トラックで全国・世界中へ輸送され、各地のスーパーやコンビニの棚に並び、人間の一時の空腹を満たすその時をじっと待ち侘びているのだ。

 その存在価値は、他の食品とは比べられない。カップラーメンにしかない存在価値があるのだ。人間一人ひとりに違う存在価値があるように。


「手軽さ」と「軽んじること」は同義ではない。 カップラーメンにとってそれらを同義とされることは、屈辱に過ぎないのだ。

 だからどうか、これからはカップラーメンのきみたちへの思いを尊重しながら食してほしい。


 お湯の温度は100℃にしてくれ。ちょっと温いお湯だけど腹が減っているからしょうがない、などと妥協しないでくれ。

「表示時間の30秒前に食べる」と言う者もいるらしいが、何故「三分」と時間が設定されているのかその意味を考えてほしい。人によって好みがあるのは承知しているが、もう一度、表示時間通りに食してみてくれ。

 それから、蓋もちゃんと閉めてくれ。割り箸では蓋は閉まらない。ヌードルストッパーという便利な商品もあるようだから、是非使ってほしい。

 あと、コンビニで購入してその場でお湯を入れ、職場まで持って行く者もいるかもしれないが、できればそれもやめてほしい。こちらとしては、店舗から職場まで三分以上かかっているんじゃないかと気が気でない。

 並べ立てたことは私の我儘かもしれないが、なるべく実行することをお願いしたい。


 カップラーメンにとって三分という時間がどれだけ大切で、その使命に命を懸けているか、少しは理解して頂けただろうか。

 少し煩く言ってしまったかもしれないが、多くの人間に愛されてきたカップラーメンをどうか今後もおいしく食し続けて頂きたい。


 以上。チキンラーメンでした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三分は誰がために 円野 燈 @tomoru_106

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ