赤壁タイムリミット
那智 風太郎
KAC20241
彼には三分以内にやらなければならないことがあった。
あーもーやっぱ、やめときゃよかったなあ……。
祭壇で祈祷するふりをしながら彼は心のうちでそう呟いた。
三日のうちに
そう彼とは後に天才機略家として名を馳せ現代にまでその名が轟く諸葛亮孔明、その人のことである。
しかしながら果たしてその実態は少しばかり違っていた。
云うなれば彼は稀代の幸運の持ち主だったのだ。
たとえば三顧の礼。
劉備玄徳が訪ねて来ると知っていれば茶菓子でも出して下へも置かずもてなしたものを、最初は田畑を荒らした猪を深追いして森まで行ってしまっただけだし、二回目は前日に食った鱒寿司に当たって便所で唸っていてやむなく会えなかった。
だって劉備さんたら予告もせずに来るんだもんなあ。
社会人ならちゃんとアポ取ってからにしてくれっての。
でもどういうわけか三度目の正直っていうのか。
期せずして三回目にやっと会えたっていうことで劉備さんの中で諸葛亮孔明のレア度が爆上がりしちゃったみたいで、陣営に加わってからは先生なんて呼ばれ始めた。
いや、もうちょっとマジ赤面するから止めて欲しいんだけど。
で、その頃、ちょうど荊州の劉表が亡くなったから「じゃあ、荊州取っちゃいなよ」って劉備さんに進言したんだけど彼、真面目じゃん。
「恩があるのにそれは忍びない」とか涙ながらに言って固辞しちゃったわけ。
それでさ、言わんこっちゃない、結局その後、曹操と劉琮に攻められてたくさんの民草を連れて逃げたんだよね。けどやっぱなかなか厳しい状況になって。
そんな時だよ。
たまたま孫権陣営が様子見に派遣してた魯粛さんに会ってさ。
もうね、破れかぶれで思わず劉備さんに進言しちゃったわけ。
「いやあ、ここはもう天下三分の計しかないっしょ」てさ。
深慮遠謀?
いやいや、全然。
ぶっちゃけ完全にその場の思いつきだったわけだけど、どの道ジリ貧だったしさ。
それに軍師とか先生とか呼ばれてたからなんかそれっぽいこと言わなきゃいけない空気もあったしね。
ダメもとで賭けに出たっつうの。
そしたら劉備さんも魯粛さんもやっぱ真面目じゃん。
間に受けちゃってさあ。
なんか知らんけど同盟の使者として呉の国に派遣されちゃってさ。
でもその時には曹操のヤロウもめっちゃ大軍率いてもうそこまで攻めてきてるし、誰の目にも勝ち目なんてほとんどないじゃない。
こんなん無理ゲーだわぁって引いちゃってさあ。
諦めて帰ろうかと思ったんだけどさすがに許される状況でもなくてね。
悩んでたら知り合いの超天才、龐統くんがやってきてこっそり教えてくれたのさ。
連環の計っつうんだっけ?
自分が計略を用いて曹操の船団をひと塊につなぎ合わせておくから、風向きが変わったら火計の号令を掛けろってさ。
あと曹操の逃げ道を書いておいたから適当に追撃軍を敷いておけばいいよ、ってね。
いやあ、彼やっぱ天才すぎるわ。
いい人だし。
ブサメンとかそんなしょうもない理由で登用されてないみたいだけどさ。
あれは絶対味方にしておくべきだって思ったから、この戦が終わったらとりあえず劉備さんに顔つなぎするって約束しておいたよ。
で、そんなの教えてもらって自分も気が大きくなっちゃたんだよね。
で、孫権さんに謁見したとき勢いでつい言ってしまったわけ。
「三日のうちに必ず東南の風が吹くでしょう。それに合わせて火計を仕掛ければ必ずや大勝利間違いなし」って。
ププッ、龐統くんが教えてくれたまんまじゃん。
我ながら思ったよ。
もうちょっとヒネれやってさ。
でもさ、やっぱあんなこと言うんじゃなかったよ。
だってあと三分でタイムリミットだもん。
風を吹かせるとかあのね、神様じゃないんだから無理に決まってんじゃん。
しかも孫権さんの配下に周瑜とかいう陰キャのイケメンがいてさ。
どういうわけか対抗心燃やしちゃってさ。
風が吹かなかったら責任取れとか言って殺しちゃう気満々なわけ。
やっばいなあ。
風吹かねえかなあ。
いや、そんな都合よく吹くわけないよなあ。
こうなったら土下座かなあ。
いや、それより便所に行くふりして逃げちゃおうかな。
そうだよ、そうしよう。
そうひらめいた諸葛亮孔明がおもむろに祭壇で立ち上がったそのとき、期せずして東南から一陣の風が吹いた。
え、マジ。
良かった〜。
てか俺ってめっちゃ運が良くね。
まあここはとりあえず乗っかっておくしかないっしょ。
孔明は羽毛扇を高々と翳し、そして風下へと振り下ろして大号令を掛けた。
「この風のままにいまこそ曹操を打ち払うべしッ!」
辺りにどよめきが走り、次いで喊声が湧き上がった。
やっべ、めっちゃ決まった。
孔明のドヤ顔とともに、こうして赤壁の戦いは幕を開けたのであった。
赤壁タイムリミット 那智 風太郎 @edage1999
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