主婦・冬美の「3ヶ月後」

 冬美ふゆみには三分以内にやらなければならないことがあった。


 部屋を掃除している冬美。

 この部屋を三分以内に綺麗にしなければならないのだ。


 床を拭きながら、冬美は思う。


(どうしてこんなことになったんだろう……)


 三ヶ月前、娘・夏美が大慌てで私のところに来た。夫・晴彦から遺書らしきメールが届いたというのだ。

 私は喜んだ。今お付き合いしている俊也さんと一緒になれるチャンスなのだから。私はにやけながら「放っておきなさい」と娘に言った。


「そんなに不倫セックスが気持ちいいの?」


 母親である私に蔑みの視線を浴びせながら暴言を吐いた娘を、私は何度もひっぱたいてやった。産んでやった恩を忘れたのか。


「一生男に股開いてろ、ヤリマンババァ」


 鼻血を流しながら床に倒れた娘は、そんな捨て台詞を吐いて家を出ていった。自転車に乗って、どこかに行ったらしい。あの娘も死ねばいいのに。


 しかし、夫・晴彦は自殺していなかった。しかも離婚を要求してきた。

 だったら慰謝料として五百万寄越せと言ったら、「慰謝料を払うのはお前の方だ」と、娘・夏美がスマートフォンの画面を向けてきた。そこには情事に耽け、嬌声を上げる私と俊也さんの動画が映し出されていた。

 急遽両親も呼ばれ、父と母は玄関先で土下座。私は父に、泣かれながら何度となく殴られた。


 不倫相手の俊也さんと奥さんも呼ばれたのだが、そこで見たのは奥さんにすがって許しを請い、私とは遊びだったと明言する俊也さんの姿だった。「妻と別れる」「いつか一緒になろう」「冬美を一番愛している」なんて言葉は、全部ウソだった。よく考えれば、妻と子どもがいるのに平気で不倫するような男が信用などできるわけがないのだ。


 時すでに遅し。私は泣き喚きながら許しを請いたが、夫・晴彦への慰謝料、娘・夏美への養育費、俊也の奥さんへの慰謝料を負うことに。そして、共有財産の使い込みもバレており、その弁済も求められた。さらに、不貞行為が繰り返し行われていたこの家にはもう住めないと、夫名義のこの家の買い取りまで要求された。両親からはすべての条件を飲めと言われ、私は自暴自棄気味に書面へサインをした。


 慰謝料、養育費、共有財産の弁済、家の買い取り……莫大な負債を背負い、毎月の決められた額の支払いすら困難な状況。両親に相談しようとしたが、ウチにはそんな娘はいないと絶縁されていた。友人たちにも不倫で離婚された噂が広まっており、誰も相手にしてくれない。私は親子の縁も、友人も、すべて失ったのだ。俊也には連絡すら取れない。俊也も離婚となり、奥さんのご両親の会社で慰謝料と養育費を払い切るまで奴隷のように働かされているとの噂を聞いた。私を弄んだ罰だ。ざまぁみろ。


 結局、私にお金を貸してくれるところは、限られた高利貸しだけだった。

 今は、自分の生活と借金の返済、慰謝料などの毎月の支払いのために毎日必死で働いている。


 ぷるるる ぷるるる ガチャリ


 壁に掛けられた内線が鳴り、受話器を取った。


『ご予約のお客様がお見えになりました』


 もう三分たったのか。とりあえず掃除は終わっている。


さん、分かってると思うけど、アンタ評判よくないから。もうババァなんだから、稼ぎたいならきちんとお客様を喜ばせて。ウチはだからな。甘えんじゃねぇぞ』

「はい……」


 私は床に正座する。


 シャッ


 目の前のカーテンが開く。

 気持ちの悪いバーコードハゲの太った中年が私を見てニヤけている。

 シースルーのランジェリーを身にまとった私は、三つ指をついて頭を床につけた。


「ようこそいらっしゃいました、と申します。本日はご満足いただけるように努めてまいります。どうぞよろしくお願いいたします」




 冬美は思う。


(どうしてこんなことになったんだろう……)



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