閨事の番?

目の前を長い行列が続いている。

僕は宮殿より手前の庭に参列していた。

べランジュール王女は多くの従者を引き連れ、沢山の荷物を携えての盛大なお嫁入りだった。

その中には、カンヘルの姿も見え、僕と目が合うと、ウインクを一つ寄越した。

相変わらずだ。

アルさんの姿は見えない。

宮殿の方で到着を待っているのかもしれない。


僕は、あんな言い方で逃げてきたのだから、もう、アルさんと会う事など無いと思っている。とても失礼な態度を取ってしまったし、完璧に怒らせた事だろう。

これで良かったのだと思うしかない。


べランジュール王女馬車の中だったみたいで結局お顔を拝見する事は叶わなかった。とても綺麗な方だと噂には聞いているが、参列していた人達が残念そうに、結婚式までお預けなのね…と言っていた。僕は、見たいような見たくないような…何とも言えない気持ちだったので、結果としては、良かったと思う。


夕食後に部屋に戻り、そろそろベッドに入ろうかと思っていたら、突然のノック。こんな夜に誰だろう?

そっと扉を開くと見知らぬ女性が立っていた

「執事のリュカ殿ですよね?べランジュール王女より、これより謁見するよう申し付かりましたので、宮殿へ一緒にいらして下さい」

こんな夜に?謁見えっけん

しかも、執事の、って言われたよな…という事は、仕事なのか?

こんな寝間着では失礼に当たるし、きちんとした格好は執事服しかない、少し悩んだが、奥に仕舞ってあった執事服に着替えて行こうと…少しだけ待ってもらう。


侍女であろう方の手に持ったランプがゆらゆらと揺れている。

僕は、久しぶりに宮殿内へと足を踏み入れた。

「こちらです」

そう言うと、扉の前に僕を残し、去っていかれた。

何の御用だろうか…僕を指名されての事、思い当たる事柄が無い。歩いている間も考えを巡らせてみたが、お手上げだった。

ここで突っ立って居てもしょうがないので、ノックする。


「入りなさい」

許しの声を聞き「失礼致します」と入室する。

部屋は薄暗く、大きな窓から入る月灯りだけが頼り。

窓際に立っているスラリとした女性…王女然としたオーラを漂わせ、着用している薄い絹布の夜着は、身体にまとわり付き曲線美を強調している。胸の豊かな膨らみ、細い腰、そして、何よりその完璧な身体に乗っている完璧なお顔。

大きく切長の薄茶の瞳と、小さな唇、長く腰まで届く美しい金髪は緩くウエーブしており、まるで女神の様。

これだけの容姿ならば、惚れない人は居ないだろう。アルさんも…


彫刻みたいな美しさに思わず見とれていると、女神が口を開く

「リュカ、貴方には、今宵の閨事ねやごとの番を申し付けます」

ん?言われた事の意味が…

「アルビー様とわたくしの初夜を記録せよ…という事ですよ?」

「え、ちょっと待ってください」

「何か?問題がありますか?長旅で疲れているので早く始めたいのですが」

というと、ベッドへするりと入られた。


「すいません…」

思考は全く追いつかないのに、べランジュール王女の威厳ある声色が、結構怖くて…

僕は…扉を背にして棒立ちしていた。


「さぁ…アルビー様…」

王女の艶めかしい声がする方を見ると、ベッドには、二つの盛り上がりがあり…アルさんが、そこに居るのだと認識した。

これを…記録するって?

え?そんな事あるの?王族では普通なの?こういうのって、秘め事じゃないのか?疑問符ばかりは浮かぶのに、尋ねることは一切出来ない状態で。


布の擦れる音、ベッドのギシリと鳴る音…そして、唇の合わさるリップ音が…静かな宵闇に響く。

目の前で行われている行為は紛れもなく…情交の始まり。

これをずっと、ここで聞いていないと…見ていないといけないのか?

ベッドの膨らみが左右に動くのが見ていられず、思わず目をギュッと瞑る。


俯くと、床の絨毯にポタリと落ちた何かが一つの染みとなる。

頬から伝う冷たい物を手の甲で拭うと、自分が泣いている事に気付いた。

床に落とさぬよう、次々に落ちていく雫を必死で拭う。

奥歯にグッと力を込め、手をギュッと握るが、次第に身体が、震えてくる…

ついには、口から出てしまう嗚咽。

口元を両手塞ぐが、漏れ出る嗚咽は、王女の耳に届いてしまったようだ。

「どうしたのですか?」

布擦れの音の後…こちらへやって来られる気配。

僕の滲む視界にべランジュール王女の姿がぼんやりと入る。


「すっ、すみっ、ませっんっ。僕をっ、クビにっ、ぃっ、してっ、くださいっ」

こんな仕事無理だよ…

何とか声にするが、嗚咽混じりで、泣いているのはバレバレで。

「リュカ、貴方…どうして泣いてるの?話してみなさい、正直に言えば、この仕事からは外します」

もう、一分もここに居たく無かった。

好きな人と他の誰かとの睦み事など…見ていられない…もう、無理。

「王女様っ、ぼ、僕はっ、恐れっ多くもっ、アルビー様っがっ、好きっ…なんっ、です。ごめっん、なさっ、いっ」

膝をつき、泣き崩れながら、何とか言葉を絞り出した。


べランジュール王女は、ふわりと笑ったように見えた、そして、部屋の角の暗闇の方へと声を掛ける

「ですって、ちゃんとお聞きになりました?アルビー様」

暗闇がゆらりと揺れ、月灯りの照らす場に現れたのは、アルさん!?


どういう事だ?

まだベッドの中に残る一つの膨らみは?アルさんでは無かったの…か?

僕の視線の先に気付いたのだろう王女が言う

「あ、そうね。紹介するわ、シャリファ。私の恋人よ」

ベッドから、のそりと出てきたのは…

長身の…黒く長い髪の…

え?まさか…女性?

その方は、べランジュール王女の髪に口付けを落とした、とても絵になっている。

では、僕が、泣きながら見て、聞いていた行為は…このお二人の…


床にへたり込む僕をアルさんがギュッと抱きしめる。

「リュカ、愛してる。いい加減諦めろよ」

そこへ、べランジュール王女から

「はいはい、この後は、別室でどうぞ。リュカ、閨事の書類は提出しないといけないから、どんな事が行われるのかは、これからしっかりとアルビー様から教わるように。そして、書き記す事。提出は明日でいいわ」



いたようなアルさんは、僕の手を引き自室へと向かう。

扉が閉まった途端に、鍵がかかる音がした。

2人きりの空間が出来上がったということ。そう、連れ込まれてしまった。


僕は、アルさんに軽々と抱き上げられ、ベッドの上へと乗せられた。

「教えてあげるよ…まさか、経験あるとか言わないよな?」

「あるって言いたいですけど、口付けですら、初めてでしたから…」

「煽ってくるなぁ…リュカ」

「本当に…あの…するんですか?」

「だって、書き記しなさいって言われただろ?」

下から見るアルさんの表情が酷く艶容で、僕は目眩がした。

「この服を脱がせる時が来るとは…」

アルさんの顔が雄の顔になっているのを目にする。

恐れるどころか、僕は少しホッとしたのだった。

いざとなったら、やっぱり男の身体だから無理ってなるのでは…と、正直思っていたから。

そんな心配は、無用とばかりに…

僕の服の隙間から手をゆっくりと這わすと、溜息混じりの感嘆の声が聞こえた。


僕の身体中に口付けが落とされると、抑えようとするのに、甘い吐息がまろび出てしまい空気を震わせた。

時々、チリッと焼けるような甘い痛みが走り、嬌声を上げてしまう。


「リュカ、名前を呼んで…」

「アルさん…好きです」

僕は、自ら告白してしまった。

それに答えるように、唇が塞がれ、口腔内を隅々まで味わわれた。


初めての事ばかりで…溺れそうになるけど、後で書かなくては…と思うと必死に記憶に留めようとするので、余計な反芻が、僕を過敏にした。


僕の体力が果てる頃には、すでに朝の光がアルさんの美しい裸体を照らしていて…僕は、改めて、アルさんと結ばれた事を実感した。


そして思い出した。そうだ、忘れない内に書いておかなければ…

僕はベッドから起きて…転けそうになりながらも、机へ行こうとした。

後ろから伸びた手に抱きしめられる。

「リュカ…もう少し居てよ」

甘い誘いを断る

「僕、書いておかないと…」

「ん?」

「え、だから…その、された事?閨事とは、どんな感じなのか…僕をべランジュール王女に置き換えて書けば良いんだよね?」


クスクスとアルさんが笑ってる

「え、まぁ…書いたら、俺に提出な」

「え?べランジュール王女に提出じゃないんですか?」

ここまで来て…アルさんがずっと笑ってる事に疑問を持った。

もしかして…

僕、はめられたのか!!!

やっと…色んな意味で…ハメラレタのだと知った。

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