突然…お触りの洗礼を受ける

今日は、クロードさんの体調が良くないらしく、仕事をお休みされていた。

教えて貰える事が無く、勝手に書類整理などしては、かえってクロードさんの仕事を増やしそうだから。

前みたいにカーテンの修繕とか…自分に出来る仕事を探そうと大広間をウロウロしていると、ベテラン風の侍女さんに呼び止められた。

「ちょっと、貴方、お手隙てすきなら…あの棚の上、私達では高くて手が届かないのですけど、掃除お願いできませんか?」

「良いですよ」

僕は、この宮殿に来てからは、頭を使う仕事内容が多かったので、逆に、こういう単純作業ならば、考えずに出来るので気が楽だと思い、しかも、男性としての僕が求められて…というのが嬉しくて、快く引き受けた。

掃除ならば、大きな失敗も無いだろう。


雑巾を手に上へと手を伸ばしてる時だった。

腰から臀部にかけて、這うように、何かが伝って行った。

え?今…なんか触られた?

突然の気持ち悪さに驚いて後ろを振り返ると、僕より10歳程は上だろう歳頃の男性だった。

僕には初対面で、全く知らない相手だと思うのだけど、ニヤニヤとする彼の口から出た言葉は

「お前、王子にどうやって取り入ったんだ?その可愛いお尻を振ったのか?」

余りにもな言いがかりな上、ここでそんな事を言ってくる人が居ることに衝撃を受ける。

宮殿で働く人は、言葉遣いも丁寧だし、卑猥な言動や配慮の無い行為は、受けた事が無い。


呆気に取られる僕を置いて…彼は瞬く間にどこかへ消えた。

女ならまだしも、男の僕がそんな言葉を投げられるとは思っても無かったので。

しばらく、雑巾を握りしめたまま、棒立ち状態だった。

頭の中は、真っ白…

それでも、手を伸ばし、後ろを警戒しながら…棚の上を拭いて終わった。

また、さっきの人物が現れるのでは無いかと気が気ではなく…

僕は、棚の掃除が終わると、逃げるように執事室へと向かった。

ここなら…落ち着ける筈だった。

しかし、部屋に入った途端、安心感と共に震えが来た。

お尻を撫でられた位でなんだ。

男の癖に…と思い込もうとするも、やはり、嫌な気分は抜けない。

しかも、誰なのか分からない、どんな地位の人なのかも不明というのが、余計に怖かった。

相手は僕の事を知っていたのだろう…

式典で大っぴらにアルさんが僕を指名したのだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないけど。


あまりに突然の事で、服装は覚えていないし…

ガチャリとドアが開き、ビクッとする。

「あれ?リュカ、居たのか?どうしたそんなに驚いて…」

アルさんだった事にホッとした。

先程の事は隠さないと…と思うのに、身体の震えは止まらない。

「い、い、え…何でもない…です」

ガチガチと震える歯音がうるさい。

アルさんが途端、血相を変えて僕に近付く。

「どうした?」

「だ、いじょう…ぶ、です」

抑えろ自分!と思うけれど、焦れば焦る程に、震えてしまう。


「ちょっとごめんな」

アルさんは一言謝ると、いつもならそんな事言わず勝手にするのに、やんわりと抱きしめられた。

子供をあやすように頭を撫でてくる。

前も、こうやってして貰ったな…と思って身を預けていると、落ち着いてきた。

僕が困った時には、何故か現れてくれる…神様みたいだと思った。


「落ち着きました…すいません、ご迷惑をおかけして」

少し身体を引いて、アルさんを見上げる

「迷惑なわけ無いだろ?俺は君が好きなんだから…」

やれやれ、まだ分かって無いのか?みたいな顔のアルさん。

しかし、その顔は少し険しくなると、問うてくる

「で?何があったんだ?」

「いえ、別に…」

「あのね、別にな訳が無いのはバレてるし、教えてくれないと俺は原因探して回るよ?これは、リュカだからじゃなく、例えばクロードだとしても同じ。大切な誰かに何かあれば、ほおっては置けない」

そう言われてしまうと、原因究明に色んな人に聞いて回るアルさんが目に浮かぶ…やりそうだ。

手を煩わせてしまう事は、従者として、間違っているので。

さっさと終わらせようと、仕方なくボソボソと…

「お尻を触られただけです」

僕は、一気に言葉にした

「は?誰に?俺も触った事が無いのに!!なんだ、それ!許せないんだけど!」

猛烈に怒る彼を見て、いや、触った事無いのにって、そこかよ?!アルさんの反応を見て、少しおかしくて、吹き出しそうだった。

「別に、僕は男だし…気にしてません」

「あんなに震えてたのに?」

「それは、びっくりしただけで…」

しどろもどろで言い訳みたいになる。

後ろ向きの状態で触られ、一瞬の事で…振り向くと去って行ったので、顔は見てません…とそこだけは嘘をついた。

「次また、そんな事があれば必ず言うように!大罪を犯した奴には、それ相応の罪の償いをさせてやる」

めちゃくちゃ怖い顔のアルさん、初めてみたよ…そんな表情

「分かりました」

と答えつつ、彼は怒らせてはならない人だと…思った。


「それにしても…その服のせいかなぁ…」

ポツリと悲しそうに言うアルさんが、注文して作らせたというこの執事服…

ベストと上着は腰にくびれがあり、テールが長めではあるが、スラックスもタックで腰を絞ってありお尻を強調しているようにも見える形。

「俺が目の保養として眺めてたくて作ったのに…他の奴にも褒美をやってしまっていたとは思わなかった」

「そんな理由で、こんな形にしたんですか?」

少し呆れてしまう。

「リュカの色気を抑える方向にしないといけなかったのか…作り直すか…」

「いや、いいですよ!そんなお金がかかる事しないで下さい!」

こんな濃い黒の布の服は、既に高価なのが丸わかりなのに、また大層な服を作られたりしたら…それこそ、さっきお尻を撫でて去った人から、嫌味を言われそうだ。

また、何の対価にそんな服を…とか。


不服そうなアルさんをなだめ、ちゃんと気をつけるし、何かあれば必ず報告しますから!と説き伏せて、なんとか引き下がって貰った。

僕の主人は…言い出したら、なかなか聞かないのも、最近分かってきた事。


「もう一度抱きしめさせて」

俯きながらも、僕はコクリと頷く。

先程のとは違い硬く抱きしめられ、その腕の回し方には、ほんのり色香が漂う…

少し色っぽい空気が混ざると、僕は緊張した。


「嫌じゃない?」

やはり、僕が他の誰かに触られた事を気にしてくれてるのだろう。ちゃんと聞いてくれるところが優しい

「大丈夫です、アルビー様」

「リュカは…俺のだから」

「まぁ、間違っては無いですね、僕は従者ですから。貴方は王子ですし」

僕としては、これ以上の線を越えないで…と伝えたつもり

「アルさんって呼んでくれ無いのか?二人きりの時の約束だろ?今日はクロードの邪魔は入らない」

なんか…非常にまずい方向へ行ってないか?

邪魔が入らないとは…

そして、多分だけど、僕が他の人に触られてしまった嫉妬心に駆られておられる…よな。

そんな空気を感じつつ、気付いてない振りをした。

「仕事中ですので、僕は…」

「リュカ…呼んで、命令」

なんだよ…ずるい。

「アルさん」

久しぶりに呼ぶと、声が上擦った。


アルさんの腕の中の僕に、言葉が落ちてくる

「ここに来てから嫌な思いばかりさせて、ごめんな」

まさか、謝られるとは思っても無かった。

【アルさん】呼びをさせたのも、張り詰めた僕の心を解く為か…と、今気付いた。


王子の立場の人なのに、アルさんは僕達に目線を合わせ、誰にでも同じように接している気がした。

僕が女だと偽っていたのを知っていて、黙っていてくれたのも、アルさん自身の独特の価値観があったからなのだろう。

善悪は、地位や身分、そして性別では決まらないと。上も下も無く。

だからこそ、誰かが…非も無いのに嫌な思いをして、生活するのは許せないのだろう。

そういう人だ…そこが僕が尊敬し、惹かれる理由でもある。


「そんな事は…確かに嫌な事もありますけど、嬉しい事も沢山ありますよ」

僕が言うと…

そうか…と安心したように微笑んでくれた。アルさんの笑みは、やはり気品がありまばゆい程に美しい。


優しく抱きしめられていると、ふと、庭で…木の椅子のところで、二人で過ごしているような感覚に陥った。

まるで、太陽の光を浴びてるみたいに穏やかで暖かい。


「アルさん…久しぶりに木の椅子の所でご飯でも食べませんか?」

僕が提案してみる。

「初めてだな、リュカから誘われたのは…もちろん行こう」


僕の心はすっかり晴れていた。

あんなに嫌な気持ちだったのに、アルさんが癒してくれた。

与えてもらうばかりで申し訳ないな…と思った。

今度は何かお返しがしたい…

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