親子で取り合い

僕は、イリス王女から指名を受ける事が多くなった。

慣れて頂けた事は嬉しいが、僕の何が良かったのかは、さっぱり分からない。

今日は、アルさんも同行すると言うので、一緒にイリス王女の部屋へと向かった。

ノックの後、入室すると、こちらへと駆け寄ってくださる。

その姿は本当に可愛らしい。

アルさんと親子の時間を持って頂きたい僕としては、微笑ましいな…と思っていたら…

イリス王女は、なんと、アルさんでは無く、僕の膝にギュッと抱きついてきた。

「りゅか…あそぼ」

「え、あ…イリス王女、お父上も一緒に来ましたよ?」

戸惑うしかない僕は、しゃがんでイリス王女に目線を合わせながらも、隣の存在をアピールする。

「あ、パパ」

アルさんにも抱きつくイリス王女。

良かった…と、ホッとする僕。

「イリス、元気かな?」

イリス王女を抱き上げ、笑顔のアルさんは父の顔をしていた。

会話の邪魔をしないように僕は、後ろに一歩下がった。


「りゅかはね…おうじさまなの」

「ん?王子様?」

「えほんでみたの」

「あぁ、そうか…イリスは、リュカが好きなのかな?」

うんうんと、頷くイリス王女は、僕をチラッと見ては少し照れた顔をした。

チェスターさんが近寄って来て、僕へそっと耳打ちする。

「この間、おとぎ話を読んで差し上げたのですけど、それからずっと、リュカ様を王子様だと言っておられて…更には…結婚するとまで仰ってますよ?」

困ったような笑顔を向けられ、僕も反応に困る。

そんな恐れ多い事を、喜んで良いとは思えない。

まぁ、子供だから、一時期の気まぐれみたいなもので、そのうち気が変わるだろうと、思う事にした。


今日は、お外で遊ぼうと言われ、密かに胸を撫で下ろす。

お絵描きと言われたら、アルさんに、僕の下手くそな絵を見せるのは、恥ずかしいし、かなり嫌だな…と思っていたから。


今日は、陽射しも暖かく…青空が上に広がる庭に出ると、沢山の彩り豊かな花が咲いていて、枯葉なんて落ちておらず、色の変わってしまった花は摘み取られてあるのだろう、完璧なる美しい庭園が目の前に広がっていた。庭師の方が丁寧な手入れをしている事が良く分かる。


蝶々を追いかけたり、花を摘んだりする姿を僕とアルさんは並んで眺めた。

「まさか、娘とライバルになるとはな」

「何の事ですか?」

「イリスはリュカをとても好いてるみたいだ、王にでもそれを言ってしまわなければ、いいが…」

王は、孫娘であるイリス王女に甘々だそうで、もしイリス王女が、リュカと結婚したいとでも言おうもんなら、了解しそうだと。正式な夫では無いかも知れないが、必ず娶らすだろう…

なんて、恐ろしい事を言う。

「いや、それは…避けたいです。そもそも誰かと結婚する気など無いですし、僕はアルビー様の従者で居られれば十分です」

「それは、俺とずっと共に居たいというアピールと思って良いのかな?」

「そういう訳では…」

モゴモゴと口篭る。

「イリスに、ここまで好かれてしまうとは計算外だった。親子で好きな人を取り合うのは困る。リュカ、これ以上は好かれないように頼む」

「難しい事言いますね、でも、一時の気の迷いだと思いますよ」

嫌わず、好かれずみたいな、そんな器用にコントロール出来るかい!


イリス王女が、摘んだ花を束にして、僕のところへ来ると

「りゅか、あげゆ」

「ありがとうございます」

膝立ちで受け取ると、僕は束から1本抜いて、イリス王女の耳に差した。

ニコリと嬉しそうな顔をされると僕も嬉しい。2人で微笑んでいると

「リュカ…なんかそれ、妬けるなぁ」

どちらに対して妬いてるのかは、分からないが、隣からは小さな抗議の声が聞こえた。


ニャア…

鳴き声に振り向くと、一匹の真っ白な猫がいた。

宮殿の飼い猫だろうか?

それとも野良猫だろうか?

「ルッチおいで」

アルさんは、その真っ白な猫を抱き上げる。ルッチと呼ばれた猫も身体を預け、ゴロゴロと喉を鳴らしてるところを見ると、野良猫では無さそうだ。

芝生にアルさんが座り、ルッチを膝に乗せると、イリス王女は、手を伸ばし、ゆっくりと撫でた。

僕は、その横に座ると、二人と一匹を眺めた。

穏やかな風が吹き、とてもゆったりとした時間の流れを感じた。

すると、急に撫でられる事に満足した…とばかりにルッチがアルさんの膝からスルリと出ていく。

こちらへニャアと一鳴きすると、トトトトっと足早に、どこかへ行ってしまった、それを見たアルさんが僕に言う

「やっぱり、リュカみたいだ…」

「僕は、急に居なくなったりはしないですよ」

「いや、突然消えそうで、いつも不安なんだよ…傍から離れないでくれよ」

そんな事を言われてしまうと困る。

急には消えるつもりは無いけど、何か問題が起これば、消えざるを得ないとは思っている。

僕の立場はその程度の物。

アルさんが不要と言えばそれまでだし、後ろ盾も地位も無いので、権力のある誰かが吹けば、飛んでしまうだろう。

だから、ずっとここに居られると期待はしない。

それは、口にしないけど、ずっと心の中にはある戒めみたいな物。


アルさんに近付いて貰えるの、本当は嬉しいけれど、それはイケナイ…禁忌だと分かっている。

特に自らが触れて良い存在では無く、先日もアルさんに言われて口付けをする形には、なってしまったけれど、自分からなど、到底して良い筈がない。僕から行動する事は有り得ない。

だから余計にアルさんからの口付けや、甘い言葉には、戸惑いと喜びと、自分への警報が同時に起こる。


それでは、すんなり離れられるのか…と言われたら、それにはかなりの苦痛を伴うのも、そろそろ自分自身で気付いていた。

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