執事のクロードさん

宮殿内を案内してくれるが、見る場所見る場所が、あまりにも眩しくて…

「本当はさ、こんな豪華じゃなくて良いんだけどな…何代か前の国王が派手好きだったらしい」

アルさんは、そんな事をボヤいてる。

とにかく広いので、一日で宮殿内の、この部屋が何の部屋かなどと覚えるのは、無理だと分かった。

僕は、ご飯もハンナさんの所で食べるつもりだし、宮殿内であまりウロウロしたくない…何が壊したり、立ち入り禁止の場所に行くのも嫌だから…

どんなに間違っても王の居室などに立ち入りたくはない。



「とりあえず、僕の用事があるのは、アルさんの従者としての仕事をする部屋なんですけど…どこですか?」

案内するよ…と言われてぐるりと戻ってきたのは、アルさんのプライベートな居室の隣部屋だった。

「何で隣なんですか!」

抗議の声を上げたが「だって便利だから」の一言で片付けられた。


「どうぞ、リュカの部屋だよ。言うなれば執務室かな」

本棚には、ずらりと蔵書が並び、本物の右筆官ならば、バリバリ仕事が出来そうな書斎、重厚な家具の置かれた重々しい部屋だった。

どう考えても僕には、そぐわない。

「僕は下っ端からお願いします…と言ったはずなんですが?」

「怖い顔しないでよ、大丈夫、先輩と一緒にだから…そろそろ来るよ」

タイミング良く、コンコンとノックされた。

年配の…僕の父上よりも少し上なんでは無いかと思われる…初老の男性が入ってきた。

「リュカ殿、よろしくお願いします。私は、長年アルビー様にお仕えして参りました、クロードと申します」

深々と頭を下げる白髪の男性は、とても丁寧な仕草で、長年の執事としての貫禄を感じさせる。

「クロードさんが、右筆官では駄目なんですが?」

思わず聞いてしまうと、クロードさんは、僕の手をガシッと取る。

「何を言われますか!私は、何度も何度も、それはもう何度も!引退させてくれ…と言ったのに」

聞いて下さいとばかりの勢いのクロードさん。訥々とつとつと話し始める。

老齢だから、そろそろ妻とゆっくり余生を楽しみたいし、孫と遊びたいのに…

アルビー王子は、他の者では駄目だと仰り…全くおいとまさせて下さらず。

やっと現れたリュカ殿、離しませんよ。

執事の仕事、政治や近隣諸国との関係、諸々…アルビー様の身の回りのお世話まで、ビッチリと仕込みますので!!

前のめりの老紳士は、どうやら、アルさんと思惑が一致しているみたいで…

これって、逃げ場なしじゃないか?


「あの…ご期待のとこ、大変申し訳無いんですけど、僕はお針子なので、刺繍とか、針仕事以外は、何も出来ませんし、そもそも不器用なので、本当に役に立たないですよ?諦めてお針子に戻して貰えたら助かるんですけど…」

僕が言うと、アルさんとクロードさんが、2人同時に詰め寄ってくる。

そんな事は、絶対有り得ません…と。

最後には、多少仕事が出来なくても良いから、引き受けてくれ…とクロードさんに泣きつかれる。

そんなにアルさんの相手が大変だったのか…少し可哀想になってくる。


「アルビー様、少しは我儘を控えてくださいね、クロードさんの苦労を思うと、心が痛みます」

よく言ってくれたとばかりに、クロードさんが拍手してくれる。

なかなか面白い人だ。


「そういう訳だから、満場一致で、リュカは右筆官に決定。いい加減、諦めてくれ」

そう簡単に諦めれるかい!

僕は、絶対に向いてなさそうな仕事に、憂鬱になった。


「まぁ、リュカ殿、いきなり全ての仕事を押し付け…いやいや、お渡しする訳では無いので、1年程をかけて…ゆっくりとなので大丈夫です」

この人、今、押し付けって言いやがった。

結構本心が出ちゃう人か…それはそれでやり易い。あと、クロードさんには、少しでも長く居て貰おうと思った。

簡単に隠居されては、こっちが困る。


「とりあえずは、アルビー様のお着替えの手伝いからですが…」

「はっ?それさっき、無いって言われましたよ!」

驚いて反論すると

「なんですか、もうっ!既に、そのくだり終わったんですか!」

ハッハッハと笑うクロードさん、ちょっとアルさんとタイプが似てる。

揶揄からかうのが好きなんだろう。

2人で一緒に騙しにこられると、僕はひとたまりも無さそうだ。

ヤバい勘弁してくれ…

初日から頭が痛くなりそうだった。


「まぁ、でも、これは本当に真剣な話ですけど…アルビー様、リュカ殿の就任を良く思って無い方も数名は居られるそうですから…気をつけましょう」

「分かってる…それはまぁ、仕方がない、リュカ…何があれば、必ず俺に言ってきて欲しい」

真剣な2人の目に今度は嘘は無さそうだ。

むしろ、これこそ嘘だと良かったのに…


僕は「分かりました」とだけ答えた。



その日の午後は、執事室で、やらなければならない仕事を一通り教えられたが、余りの多さに聞くだけで疲弊した。

長年やってきたから、出来ることですので、今日の明日では、無理です。

ハッキリと言うクロードさん。

何事も初めは一歩からですからね!なんて励ましてくれる。

最初は、クロードさんに付いて周り、やっている仕事を見ていれば良いと言われた。


あとは、時々…

イリス様の相手をして欲しいと。

彼女は、産まれてすぐに母を亡くし、母がわりの乳母にベッタリだそうで、とにかく男性が苦手だと。

僕なら、中性的な所があるから、大丈夫なのでは…と期待の目を向けられた…それって全く嬉しくない。

僕は、男らしくなりたいと思ってるのに。

もう、ここまできたら、どうにでもしてくれ…と思ってしまう。


明日はイリス様のところへ…かぁ。


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