お仕事始めます

起き上がると、掛けてある服を見た。

真っ黒な執事用の服。

これから僕の戦闘服となる。

それにしても…これを着るのか?

黒い服って…凄く貴重なのだ。

黒く染める事が難しい為、この色の服は、高貴な方や、裕福な商人などしか着れない…仕立て屋の息子だから、余計にその価値が分かる。

僕がこれを着るに値する人間で無い事位が分かるだけに…

溜息をついてしまう。

でも、これを着るしか無い…あとは、ドレスしかないのだから。


僕は白いシャツに袖を通すと…ボタンを留めていった。

シャツの首元や袖口が、波打つようなデザインで、布を無駄に多くに使っていて…豪奢で洒落ているが、それがまた…恥ずかしい。

簡素な物で良かったのにとしか思えない。

その上に、首から胸にかけてのカーブが広めの襟無しベストを着込み、更に黒い上着を羽織る。

上着は、襟元がピタリと収まり、とてもフィットする。

上襟は幅広で、下襟が細く、繊細な印象を与える技巧。飾りみたいな腰ポケットはスラントと呼ばれる斜付けの物。

ベストも上着も腰元が、少しくびれていてシャープな造りになっていて、とても拘りを感じる。

スラックスのタックの位置や裾を絞ってある所など、僕はその着心地の良さとデザイン性に感心してしまった。

とても技術を持った方が作られたのだろう…


やっと元の髪に戻れる。

昨日は、少し髪を切って貰ったばかりで、スッキリとした襟足に触れると、落ち着いた。この3ヶ月、毎日髪を結い整え…支度にとにかく時間がかかった。

女性は大変だな…と思ったものだ。

そして、なんと言っても頭が軽い。

男なら、くしを少し当てれば、完了だ。


扉を開くと…階段を降りた。

既に朝の仕事を始めているサーアに出会う。

「おはよう!リュカ!そんな格好してると、本当に男みたいね」

「男なんだけどね…」

苦笑いする僕を盛大に笑うサーア。


ごめんなさい。

昨日は、これまで関わった人達に謝罪して回った…バードを覗いて。

流石に彼と話をする勇気は無い。


言葉を話す事の出来ない、女性の振りをして…騙しててごめんなさい。

そう言うと、皆が口を揃えて言ったのは

「確かにびっくりはしたけど…そうか、話せるんだ…良かった。と思ったし、言葉は無くても優しさは伝わっていたよ。女性の振りをしなくてはならなかったのは、大変だったねぇ」

なんて、僕の事を誰も責めなかった。

皆んな…本当に人が良過ぎるよ。

アルさんが王子らしく無い振る舞いをしてるのも、日常だったらしく。

むしろ…式典では、ちゃんと出来るんだと思った程よ…と言っていた。

僕もアルさんが王子であると知ってると思っていたらしい。


「リュカを庇うアルビー王子を見て、私は、惚れ惚れしたわ」

とハンナさんが興奮気味に言っていた。

それは、同感だった。


庭に出て…僕とアルさんの憩いの木の椅子を横目に、宮殿へと上がる階段を目指す。

とりあえずは、アルさんの部屋まで来るように言われているので。

部屋に着いたが、起きてるのか?ノックしても良いのか?形式とか無いのかな?とか色々思ったけど。

コンコンとノックし

「リュカです」

「どうぞ」

入室の許可が出たので扉を開く。

一昨日のこの部屋での出来事が、ぶわっと思い出され…

僕は俯き、頬が赤くなるのが分かった。

「リュカ?あー、もしかしたら、思い出したのかな…その反応可愛すぎだろ…じゃ、まずは口付けしもいい?」

察しが良いにも程があるが、そう何度もされては、僕の身が持たない。

「ダメに決まってます」

プイッと横を向く。


「似合ってるよ…その服、色々注文を付けたかいがあったな」

「え、アルビー殿下、これって…皆さんと同じでは無いのですか?」

「違うよ…他の官僚は、年長者が多いから、そういう服は着たがらないし、リュカには右筆官になって貰うから、それなりの装いは必要だから。で、なんでそんな堅苦しい話し方と、殿下付けの呼び?」

僕のあからさまな敬語を指摘された。

そりゃあもう、王子であると分かった以上、アルさんなんて呼べない。

心の中では、まだ呼び名はアルさんのままだけど…

「当たり前です…僕は従者で、貴方は王子ですから」

「外で、殿下は止めて…お忍びというか、結構街にも出るから…もちろん外出には付いてきて貰うし、その時殿下なんて…」

「分かりました。アルビー様」

これなら、貴族とその従者で通じるだろう。

「アルさんで良いんだけどな…」

呼び方と話し方の押し問答が繰り広げられる。

結局、押し切られたのは僕。

誰か他の人が居る時は、敬語と様呼び。

2人きりの時は、今まで通りの話し方と、さん付けで。

そんな器用に分けれないから統一したかったんだけど。

「アルビー様って呼び方も、悪くないから、どっちも楽しめるな」

なんか、ボソッと聞こえたけど、無視した。

「では、今日のお仕事を…」

「じゃ、とりあえず。着替えを手伝って?」

「はぁ?」

思わず大きな声が出た。

確かに…目の前のアルさんは、寝間着姿。

「ここに着替えがあるから、まずは脱がせて」

ベットサイドに、着るであろう服が置いてある。アルさんはベットから立ち上がり、多く手を広げる。

戸惑いながら…アルさんの寝間着のボタンに手を伸ばす。

緊張で震えてしまう。

ボタンを外し終えると、布の隙間から現れたのは、筋肉のある厚い胸板が美しい上に艶やかで、余りの光景に僕は、目を閉じてしまった。

「ごめん…嘘だよ。自分で着替えれるから」

「なっんっ!!!アルさんのバカ!」

僕の怒声に、くすくす笑ってる。

「リュカは、仕事だって言うと…何でもしてくれそうだな…変な大人には、気をつけてくれよ?」

お前が言うな!だ。

アルさんが着替え終わるまで、僕は部屋の外で待っていた。

出てきたアルさんは、いつもの騎士の服装。普段はこれなのか…


「じゃあ行こう」

どこへ連れて行かれるのやら…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る