アルビー王子の宣誓

僕の涙は、なんとか止まったものの、ヒクッとしゃくり上げるのが止まってくれない…

そんな僕の所へ、近付いて来たアルさんが、僕の手を引いて、ゆっくりと先導した先は、なんと、官僚の皆さんの並ぶ列の一番端。

ここが定位置だと言わんばかりだった。

頭をポンとたたくと、僕をそこに置いたまま、満足そうな笑顔を見せ、そのまま何処かへ行ってしまう。

そりゃそうか、本日の主役中の主役だから。途端、凄く心細くなったけど、仕方ないんだよな…


それにしても何故…僕はここに?

結局のところは、分からないままで、突っ立っている。

僕は、ただのお針子なのに。

右筆官など出来るわけも無いのに、どうして?

しかも、男だとバレたのに…ドレスを着たままの僕は、なんだか急に物凄く恥ずかしくなってきた。

ローブを身に纏い、正装姿の官僚の方々が並ぶ中、一人だけドレス姿の僕。

でも、脱ぐわけにもいかないし…

やはり、俯いてしまう。


突然、ファンファーレが鳴った。

そうか、いよいよ、始まるらしい。

再び、アルさんが入構してくるのを待つ。

今度こそは…「待ってる」と言った、アルさんの言葉の意味が分かったから。

騎士では無く、王子としてのアルさんを待つ、聞きたいことは山ほどあるけど、それは置いておいて、僕の刺繍した衣装を着るアルさんを、この目に焼き付けておきたかった。


荘厳な音楽が流れる…その時、楽器を持った沢山の演奏者がいる事に、気付いた。それほどに、周りが見えて居なかったようだ。

初めて聴く本格的な演奏に、完全に圧倒された。硬く確かな旋律が流れ、今から現れるであろう、大きな存在について、讃えているような音色。

そして、音楽により顔を上げたから気付いたけど、この礼拝堂…凄く美しい…真っ白な壁に青い模様のタイルが埋め込まれ、至る所に彫刻が施されている。そのまま少し目線を上に向けると、天井には、天使が舞い神が現れる壁画。

俯いたままでは、見れなかった。


一同が、古の大扉と呼ばれる入口に注目した。

我が国の王であるニコラオス・カーライル・クレメンテ・サレールシュタイン王が入構される。

この国を統治し、君主たるその佇まい、初めて目にするニコラオス王は、意外にも、優しそうな好々爺に見える。

確かに威厳はあるが、穏やかそうな表情に少し安心した。

この国を統治するニコラオス王は、かなりの人格者であると評判高い、賢く、時に私腹を肥やす官僚には大変厳しく、民衆の暮らしを考えてくれている為に、近隣諸国との調和を重んじておられ、ここ数年は、隣国との闘いも無いらしい。


ニコラオス王の登場に、皆がひれ伏さんばかりの勢いでお辞儀をする。

もちろん、それに僕も習う。

ニコラオス王は、先導する従者と共に身廊から内陣へと進み、最後は王のみが主祭壇へ。

そして、古めかしいが豪奢で、とても頑丈そうな座へ鎮座された。


次に音楽の色調が変わる。先程よりは、少し軽やかで爽やかな音色。

王族の方々には、それぞれの雰囲気や地位に合った曲が用意されてるのかもしれない。


アルビー・カーライル・クレメンテ・サレールシュタイン王子が現れる。

王子の名前は知っていたが、今気付いたけど、アルビーって名前…アルさんと似てる。

古の大扉に立つ彼は、ただ一人、従者も無く、圧倒的な存在感のみを放っていた。

ゆっくりとこちらの方へと歩んでくるタキシード姿の彼を目で追った。

皆の注目など、ものともせず、威風堂々…まさにその言葉通りの姿、当たり前の様に完璧なその姿は、いつも会っていたアルさんとは、少し違う…

やはり、王族としてのオーラを今は身に纏っている。

壇上へと上がってくる彼は、こちらを見る事無く、君主の元へと進み出る。

後ろから見る彼は…背筋がピンと伸び、僕の刺繍したテール部分が、ふわりと揺れた。

未だに信じられないが、僕の目に入ってくる光景は否定できず、瞬きもせず、見つめていた。


そして、ゆっくりとニコラオス王が…立ち上がると、アルビー王子は膝を付き…頭を下げる。

一気に緊張感が増し、ピリピリとする空気に肌が痛くなりそうだった。


ニコラオス王より発せられる言葉は無く…

ただ流れる動作が言葉のように、ローブが彼に装着された。

そして、宣誓の言葉を口にしているが、何と言っているのか分からない。

王家に伝わる言葉なのだろうか、聞いた事も無い響きの言葉を数語話すと、立ち上がり。

参列者の皆の方へと向く。


「これからも我は、皆と共に過ごす、時々現れても驚かず、普通に接してくれ…そして、今回の印加にも伴い、ニコラオス王より、一つ望みを叶えて頂ける旨を受け、リュカ・ファナンを我の右筆官に配属する事を懇望こんぼうした。彼の仕事ぶりは丁寧であり、発する言葉には、ハッとする様な正直さと優しさを携えており、暴走する我を止め助言してくれるだろう。他にも沢山の賢い官僚の皆が支えてくれるであろう」


アルビー王子の丁寧なお辞儀と共に大きな拍手が沸き起こる。

大聖堂の鐘が鳴り響く…


僕は、どうやら、まだまだ家には帰れないようだ。それどころか、帰れる時は来るのだろうか?…そんな事をぼんやり思いながら、僕も拍手をしていた。


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