救世主、現る!

下を向いている僕に、耳に入ったのは、凛とした声…


「リュカ・ファナン!前へ!」


は?

え、今、僕の名前…?呼ばれた?

式典が始まろうかと…皆が席に着いて、静かになったところへ、一際響いた声。

僕は、幻聴でも聞こえたのかと思った。


「リュカ、何でか分からないけど、呼ばれてるよ…前に来なさいって」

サーアが、そっと僕の腕に触れた。

とても心配そうな顔で覗き込んでくる。


もう一度…

「リュカ・ファナン。前へ来なさい」

静まり返った空間に、透き通った声が響いた。

他に立ち上がる人も居らず、同姓同名の誰かでも無く。

やはり、僕が呼ばれているので間違い無いようだ。

ただただ今日の時間が経つことだけを切望していた僕が、こんな大勢の人を前に、出て来いと言われるなど、理由が分からない。

何かの間違いだと思いたかった。

でも、二度も呼ばれて行かないのは、それこそ叱責されそうなので。

オドオドしながらも…立ち上がり…

前へ進み出る。

当然の事ながら、皆の視線が痛い程に刺さる。少しのざわつきと、みんながヒソヒソと話す声がした。


もしかして…男だということを、バードが上の人にバラしたのか…それで、呼ばれたのだとしたら、待っているのは、皆の前での断罪か。

そうとしか思えなくて…

一歩一歩が長くて重たい。


前へ出ると、僕を呼んだ官僚が書状を広げる。

「リュカ・ファナン、貴殿をアルビー第二王子右筆官に任命する、これは、決定事項であり、拒否権は無いものとする。アルビー王太子殿下の勅命である」

右筆?側近とか書記的な役割の人であるという認識はあるが…

何故、任命を受けたのか、全く思い当たる事が無いし、断罪されると思って前に出た結果が、まさかの上位官僚への任命。

受け取れとばかりに、辞令を差し出される。

全く思考が追いつかない。


その時、声が響く。

「異議あり!!!」

そりゃそうだ、僕も異議ありだよ…

見た事も無い、名前しか知らない王子からのいきなりの勅命。

そしてその声の主を見る為、振り向いたら、立ってピンと手を挙げるバード。

堂々とした振る舞いだ。


「なんだ、お前は?」

怪訝そうな顔をするお役人を前に、臆する事なく、バードが話かける。


「コイツは…男です!女の格好をして、ここに居る皆を騙し、何の目的を持って潜入したのか分からない…そんな怪しい人間が、そのようなめいを受けて良い訳がない。これは、紛れもない事実です!」

一気に畳み掛けるように言葉を出すバードの「どうだ?何か言えるもんなら言ってみろ!」と言わんばかりのその顔は、僕を睨みつけている。

視線を合わせるのが辛くて、目線が泳ぐと、目端に見えたのは、サーア…聞いた事に対して驚きを隠せない様子で。

結果、僕は…ただ俯くしかなかった。

バードが言ってる事は、嘘でも偽りでも無く、事実だ。

僕に皆んなを騙そうとか、何か思惑しわくめいた事を企んで登宮したわけでは、もちろん無いのだが…

そんな風に思うのは普通の事だろうと…今更ながらに気付いた。


僕は、まさに今…断罪されているのだと。

もう、頭は真っ白で…

誰かに助けを求める事も出来ず…

1人で…何の反論も出来ず。

ひたすら俯いていた。

罪人のように。



「ちょっとお待ちください!まだ、早いです!アルビー殿下!!」

ガヤガヤする音と共に、誰かが来た…

ボーッとする頭で俯く僕には、分からないが…何となく、こちらへ誰かが来ているようだった。


「リュカ…待たせてごめん」

ハッとした、その声…って…

アルさん?!え?え?


途端に顔を上げ、声の主を見る。

真っ白なタキシード姿。

しかも、僕の刺繍がそのテール部分には、施してあるはずの…

少し前まで、僕の手の中にあって、毎日向き合っていた布地…

そして、完成された衣装…真っ白な布に細やかな金刺繍の入ったタキシードを、その身に纏っているのは…アルさん?

凛々しく端正な顔、窓から入る光を受け透き通るような銀色の髪、威厳あるその姿は、神が降臨したのかと見まごうほどの、存在感。


アルさんは…階級の高い騎士では無かったのか。

第二王子…が着用されるはずの衣装を着ている。

という事は…第二王子なのか…?

そこでやっと出た答えが、アルさん=アルビー王太子陛下だという事。


「バードよ、お前に言われずとも、我は、その事は既に委細承知の上だ。本人の口から聴了済みである」


えっ?って顔のバード。


「皆も聴いて欲しい。彼女…いや、彼は、本来は男であるにも関わらず、何故この姿なのか」

アルさんが、説いてくれる。

王宮からの性別を間違えた召喚に、答えてくれただけだと。

むしろ、王宮の間違いを指摘する事無く、恥を露呈させる事無く、収めようとしてくれたのだと。

そして、その仕事ぶりは、我の姿を見れば言葉など不要だろうと余裕たっぷりだった。


威厳ある姿で言われる言葉の数々は、重みがあり、誰一人反論は出来ない。

たった一人を覗いて。

バードはそれでも意地になって反論する。

「だとしても、女の振りをし、女風呂を使った事実はあり、他にもその利点を活かしてやましい事をしたかもしれないじゃないですか!」


そこへ、スっと手が上がる。最初に僕を部屋へと案内してくれた年配の女性だ

「リュカは…いつも、最後の風呂を使用してましたよ、一番最後の冷えた風呂を、文句一つ無く。最後には、私が言った訳でも無いのに、毎回掃除もして出ていました」


今度はサーアが…僕を見つめて、手を挙げる。ほんのりと笑顔だった。

「リュカは、私が困っていた時、助けてくれました。先日は誰に言われたのでも無いのに、密やかにカーテンの修繕までしていました」

気付かれてた事を少し恥ずかしく思った、黙っていたのに、バレバレだったのか。

次に、ハンナさんが、ゆっくりと手を挙げ

「リュカは、いつも黙って私の愚痴を聞いてくれましたよ、優しい表情で。自分に出来る事は無いかと探して…まぁ、失敗してましたけど、それも可愛くて」

余計な事は言わなくて良いんだよ…ハンナさん。

もう、僕は…涙が1つ落ちたと思ったら、次々に。

ボロボロと涙は溢れる、止まらない。

みんなが容赦ようしゃなく僕を庇ってくれている。なんだよ…これ。

次々と僕なんかの味方しちゃって、上の人から怒られたりしたらどうするんだよ…


さらに声がした…まさかのエマさんだ。

「リュカは、とても真摯に仕事に取り組んでいましたよ、元々の腕は確かなのに、さらに高みを目指し、日々の努力を怠らない所は、ただの職人であり、罪人ではございません」

エマさんまでもが、僕の味方をしてくれていて…夢みたいな現実がそこにあった。


「ほら、リュカ…泣かないで顔を上げて、皆んなを見てごらん」

アルさんが優しく言葉を掛けてくれる。

ヒックヒックと肩を震わせたまま、言葉が出ず、出るのは涙ばかりの俺を、みんなが優しい顔で見てくれていた。

怒ってなどいない。

僕は、皆んなを騙していたのに…


「みんな…そんなお人好しだと、損するよぉ…でも、ありがとうぅぅっ」

やっと出た言葉。

くすくすと優しい笑い声が上がる。


「なぁ、バード、もういいか?そろそろ式典始めたいんだか…」

アルビー王子が言った。

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