レースを配りに行こう

毎日、少しづつ、レースと刺繍糸と格闘し、やっと10本出来上がった。

丁寧に…長く使って貰えるように、丈夫にする為、細かく縫い、かなりの面を埋めた。

贈りたい人の分は完成した。

数日後に迫る式典、別れの時も近い。

さぁ、渡しに行こう!


そして昨日第二王子専用のタキシードが仕上がったと聞いた僕は、仕立て部屋へ見に行く事にした。

部屋を開けた瞬間目に飛び込んだのは、真っ白なタキシード。

風格の漂うそれは、溜息が出る程に美しい。

本当に素晴らしい出来栄えで。

細部まで施された刺繍…白地に金色に輝く糸は、光の反射を受け、神々しい程の輝きを放っていた。

僕の担当したテールの部分は、ローブを羽織った時には隠れてしまうだろうが、最初は、タキシードのみで王の前へ進まれるそうだから、とても目立つのではないかと…

自分の仕事を誇りに思うと共に、他の皆んなの熟練された技が随所に感じられ、しばらくその場に立ち、僕は目に焼き付けたくて、じっくりと見ていた。


「あら…リュカ」

エマさんがやってきた。

僕はバスケットから、レースを1本取り出した。落ち着いた薄い肌色で刺繍したレース、着けると透けた感じになる…大人の女性には、合うのでは無いかと思ってデザインして作った1本は、エマさんの為に。


黒板に【良かったら使ってください】

とだけ書いた。

エマさんは、レースを受け取ると、細部まで見ている。

まさに、チェックをされている気分で…ドキドキしながら反応を待つ。


「ありがとう…とても美しいわ、貴方の若いセンス、この3ヶ月とても勉強になったわ…ご苦労さま」

エマさんみたいなベテランに、そんな事を言われるとは、思って無くて…

また…涙が…

「貴方、本当に泣き虫よね」

笑われてしまった。

本当にお世話になりました…という意味を込めて、深く深くお辞儀した。


次は、サーアのとこ。

サーアは、薄いピンクのドレスを選んでたから、それに近い色の糸を選んだ。

若い娘らしい、小花を散らした可愛いデザインにしたのだ。

忙しそうにしているサーアの手を止めるのは、気が引けたが、肩をトントンと叩いた。

「リュカ!おはよう!」

今日も元気な彼女は、朝から仕事をしていたのか、少し額に汗が見えた。

僕は、サーアへレースを渡した。

「え、私に?」

うんうんと、頷けいた。

「あ、え?これ、ドレスと同じ色!!リュカ〜最高だよ!流石、女子!センス良い!」

ごめん…女じゃないけど…

ベタベタに褒めてくれ、汗かいてるから…と、ハグでは無く、握手をしてくれる。

かなり長く、握ったままブンブン振られる手、それには、サーアの感動が伝わってきて…喜んで貰えた事が、凄く嬉しかった。



僕は、次々にレースを渡していった。

皆んな一様に喜んでくれた。

本心からだと良いな…と思いながら、僕は、彼女たちの表情を眺めた。

女性らしいレースを受け取り、嫌な顔をする人は居ないだろうけど…

着けるのが本当に楽しみ!なんて言われると、お世辞でも嬉しいと思ってしまう。


みんなに配り終わる頃には、夕焼け空になっていて、最後に、ハンナさんの所へ向かう…

一番お世話になったんでは無いかと思う。

食事の度に、何も言わなくても、大盛りにしてくれた…もしくは、特盛?

あっという間に平らげていく僕は、周りからは、驚きの目を向けられたが、ケラケラ笑いながら

「沢山食べてくれるのは、最高の褒め言葉よ!」なんて言ってくれた。


昼食の仕度が終わっていたのか、ゆっくりと、お茶を飲んでいるところで、ちょうど良かった。

「リュカじゃない、もうお腹空いたの?まだ少し早いけど…何かパンでも…」

と、僕を見るや、お腹を空かせてるものだと思い、立ち上がり、何かを出してくれようとする。

僕はそれを引き止め、バスケットから、レースを取り出した。

刺繍糸は、オレンジ色を選んだ。

太陽みたいな、果実みたいな、そして、人参みたいなオレンジ。僕のハンナさんに対する印象は、それなので。


「ん?えっ、これ、アタシに?」

黒板には【美味しいご飯、いつもありがとう】と書いた。

本当は、お別れする時にちゃんと御礼を言いたいけど、それが叶うかどうかも分からない。

色んな意味を込めての感謝の言葉だった。

ハンナさんは、びっくりした顔のまま、しばらく動かなくて、どうしようかと思ってたら…突然抱きしめられた。

ご飯の匂いを纏い、暖かいハンナさんにされるハグはとても安心した。

潰されるかと思うくらいにギュウギュウに抱きしめられると、やっと離してくれる

「リュカ、ありがとうね、こんなのアタシに似合うかしらね…」

似合うから!と、親指を立てて、前に出す。

汚れるといけないからって、大事そうに戸棚にしまってくれた。

お茶を飲みながら、ハンナさんの話を、僕は頷きと横に顔を振ることで答える。

結構、これでコミュニケーションが取れる。あとは、黒板とチョークがあるので、それに書いたり。

僕は、とてもこの時間が好きだったんだよな。

もう無くなるんだと思うと、物凄く寂しい。


「おっと、そろそろ!晩御飯だよ!」

ニコニコの笑顔のハンナさんが、僕に嬉しい知らせをくれた。

確かにお腹が空いてきた。


広間の方へ行くと、パラパラと人が座っていた。

端っこの方へ座ると、何故か…凄く視線を感じ、視線が来た方を見ると、バードだった。

なんだろ?

凄くチラチラ見てきている。

落ち着かない気持ちで、ご飯を食べると、立ち上がり、さっさと広間から出ようとした。

その時、バードが声をかけてきた。

「リュカ、ちょっと話せる?」


話したいという内容には、検討もつかないけど…仕方なくついて行った。





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