三分でセッション終わらせて家族のご飯を作りに走るKPの話

広瀬弘樹

CoC&家事複合タイムアタック

 KPには三分以内にやらなければならないことがあった。この盛り上がりに盛り上がったシナリオをクライマックスからエピローグまで三分で終わらせなければならないのである。

 そして技能成長やお礼などの事後処理を十分弱で済ませて片道二十分のスーパーに走り、一時間でカレーライスを作らねばならない。

 何故ならあと一時間半かそこらで一泊二日の遊園地三昧に送り出したはずの夫と娘が帰って来るからである。

 どこから話し始めたものか、まずKP――名瀬香なぜこうが初めて作り上げたシナリオはそれはもう刺さる人には恐怖を与えるシナリオになった。

 大事にしていた推しのぬいぐるみに魂が宿り九頭竜社なる旅行会社にホイホイついて行ってしまったというシナリオは分からない人には全く意味の分からない話になってしまったが同好の士と書いてフォロワーと読む中で遊ぶには十分である。伊達に普段から推しと推しのぬいぐるみに狂っているわけではない。

 香は土曜の午後一時から予備日を含めて日曜の夜までとたっぷり時間をとって臨んだオンラインボイスセッションだったが誤算はそこにあった。

 香が土曜の朝一番に万全を期して遊園地とその付属ホテルに送り出した夫と四歳の子供がやっぱりおかあさんのごはんじゃないといや!という理由でホテルに泊まらず飯も食わずに帰宅するとLINEをしてきたのだ。

 香にとっては久々の休暇――自分の都合だけで動ける貴重な一泊二日――を何故夫は理解してくれなかったのか。何故娘の機嫌だけでなくホテルのキャンセル料の事にも気を使ってくれなかったのか。何故今一番盛り上がっているところで今から帰りますスタンプを送って来るのか。何故自分はこうなることを予想もせずにきれいさっぱり冷蔵庫を冷凍庫に至るまで空っぽにしてしまったのか。

(だってもうカビとかで何がなんだか分からなくなってたんだからしょうがないでしょ……)

 脳裏によぎる凍ったショゴスじみたタッパーの中身を締め出しつつシナリオを進める。畳みかけるように鳴る携帯電話の描写にPLたちの緊張も高まっていく。

 兎にも角にも角を立てずにセッションを終わらせてスーパーに走り、料理を終えていなければならないのだ。娘は好き嫌いが多く、特にスーパーの惣菜には何か前世から抱える憎しみでもあるかのように拒否反応を示す。冷凍食品は機嫌次第。そしてLINEの様子からして今日は冷凍食品は使えない。

 そんな香にも希望はあった。ルート1のグッドエンドならPCが扉を開けるだけで面倒な戦闘も処理も無くて済む。心の底からKPである香はグッドエンドを願っていた。

(昼全部使っただけあって初めてのKPなりに全ての情報は出せた。あとは推しぬいとPCの絆を信じるだけ――)

 香はKPとしてPLに最後の行動を問う。十秒、二十秒、三十秒。

「ドアを開けます。だって助ぬいが主を傷つけることはないと思うから」

 ここまでに既に二分半が経過している。ガッツポーズしつつも香はドリームランド行二泊三日のパックツアーから帰って来た助ぬいを全力で祝福した。後日クトッターでKPさんの方が喜びすぎて凄い早口のオタクになってたよwwwと言われるくらい全力で祝った。

 そして事後処理を終えて参加してくれたフォロワーにお礼を言い言い、解散したが早いがパーカーを羽織り財布とエコバッグを引っ掴んで駆けだした。

(十円二十円がなによ!!)

 いつもなら気にする特売も何もかもどうでもいい。ランドのホテルを当日キャンセルされたのだ。そんなのもう誤差にしかならない。

 とにかくニンジン、玉ねぎ、ジャガイモと肉。甘口のカレールウ。それだけがあれば文句は言わせない。目当ての商品を適当にカゴに放り込み、自動レジにまごつく前の老人に舌打ちしつつもタイムオーバーせずに帰って来れた。

 野菜はみじん切りに。肉も細切れに。ホテルの件について夫を問い詰めるついでにお高めのフードプロセッサーを買わせようと心に誓って雑に鍋で炒める。玉ねぎのせいか涙が出てきた。

 ほどほどに火が通ったら水を入れて沸騰させ灰汁をとる。良い感じに煮込んだら火を止めて固形のルウを溶かし、再び火にかける……。

「ただいまー」

「――お帰りなさい」

 気持ち声が低くなってしまったがまだ大丈夫だ。いつも通り、いつも通りと香は念じる。

「今日はカレーよ」

「いいにおい!」

「よかったなー。やっぱりママのご飯が一番だもんな」

 心にもない事を言いやがってとこんなやっつけ仕事を無邪気に喜ぶ悪魔が可愛いという気持ちが香の中でせめぎあう。まだ四歳だ。ぐずったら手を付けられないことも、お金や時間の大切さもまだぼんやりしていることもあるだろう。

 色々な感情を飲み込んで手を洗ったらお皿出してねと言うとやはり素直にはーいと走って行った。

「ごめんな。やっぱりまだお前と一日離れるのは無理だったみたいで……」

「仕方ないわよ。……それはそうと、ホテル代覚悟しておいてね?」

「そこは折半にしてくれないか……?」

 夫が案外申し訳なさそうにしていることで妻を全くの蔑ろにしていたわけでもないと少し気が晴れた香はどうしようかしら~と笑って見せた。そして。

「ママぁ。お米、炊けてない」

 カレーを完成させたのに空の炊飯器の釜を洗ってもいなかったことに気が付いたあなたは1d6のSAN値チェックです。

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