全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ問題

人類の姉

全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ問題

「君には三分以内にしなければならないことがあった」


 とある卒業式の日のことだった。

 卒業式が終わった後、部活仲間の先輩からメールで部室へと呼び出された。いわゆる、最後にお別れ会をしようと言うやつだろうと、二つ返事で(ついでに近所のコンビニでお菓子を幾つか見繕って)のこのこ部室へとやって来たという訳である。

 それで、入った途端に先ほどの台詞を投げられたのだから正直面食らってしまった。意味がよく分からずに首を傾げてしまった、というのが正しいのかもしれない。

 

「えっと、なんのことですか……?」

「まあ、聞きたまえよ。二つの線路上で作業をしている作業員が計六人いる。片方の線路では一人、もう片方の線路では残りの五人が、と言った具合にな」

「……はい」

「君は線路の分岐器のすぐ側にいるとする。さて、この時突然全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが三分後にやって来るとして、君は何をしなければならないと思う?」


 そこまで聞いて、ああいつものやつかと納得する。

 と言うのも、先輩はこんな変な思考遊びが好きなのだ。思考問題や性格診断、心理テスト等々……その中で飛びっきり変なやつを見つけてきては僕へと投げかけてくる。

 現に今もスマホを見ている訳でこれもどこからか拾ってきたのだろう。よくまあ、こんなものを見つけられるなと感心する。

 とりあえず、お菓子を幾つか渡しつつ先輩の真正面の席へとついた。


「一つ聞きたいんですが、分岐器を動かしたらどうなるんですか?」

「勿論、線路と全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは関係ないから君も含めた七人が破壊されて死ぬだろうね」

「……分岐器を動かさなければどうなるんですか?」

「無論、そのまま全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが君たち七人を破壊しつくすだけさ」

「何をやってもおしまいじゃないですか?」


 当然の疑問だった。

 トロッコ問題が思考問題なり得るのは自身が人の命を天秤に乗せられる状況であるから。数を優先するか、運命だと見過ごして五人を殺すか。それをどんな理由で選ぶのかを思考するところに意義があるのだろう。

 でも、これは何してもよく分からないバッファローに全て破壊されて終わり。これでは何をやっても不正解としか思えない。

 そんな困惑を込めた声でそう言ったのだが、先輩は何やら自信満々の様子で口を開いた。


「やれやれ、分かってないな。何をしても終わりな状況だからこそ選んだ行動に意味があるのさ。よくあるだろう?世界最後の日に何を食べたいか、なんて定番の疑問。あれと同じだと思えば良い」

「それとはだいぶ状況も選べる行動も違うような……」

「とりあえず早く答えたまえ。短気は損気だが、私は多少な損は見逃せるタイプだ」


 なんにせよ僕が答えなければ何も始まらないらしい。仕方ないので適当に「他の六人に逃げろ、と叫んでみます」と言ってみた。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがどれだけなのかは分からないが、三分もあれば逃げられるような気もする。これならば全員助かるし、もしかすると一発で正解を引き当てたのかもしれない。


「えー、逃げろと叫んだあなたはAのモテない男タイ──」

「待ってください、思考問題じゃなかったんですか……?」

「私は一度も思考問題なんて言ってないと思うが。これは性格診断だよ。ネットで見つけて君に投げかけたら面白そうと拾ってきたね」


 そう言えば思考問題なんて一言も言ってなかった。明らかに元がトロッコ問題だったので、てっきりこれも思考問題だと思っていただけだ。

 だから後は結果を聞けば良い──という訳にはいかなかった。別に自分がモテる訳では無いにしても、これが単なる根拠のない診断結果だったとしても。

 


「先輩、さっきの答えは適当に言っただけなのでノーカウントにしましょう」

「えぇ?別に構わないが……で、君は何をするんだい?」

「当然、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに立ち向かうに決まってます」


 頭の中に浮かんだ選択肢の中で一番モテそうなものを選んで行く。たとえ、無駄だとしても立ち向かったという勇敢な精神はなくなりはしない。

 そんな勇敢な精神に人は惹き付けられ、惹き付けられるということはモテる。つまり、モテるという診断結果が出る筈である。

 そんな打算しかない答え。だが、打算しかないからこそ結果には期待できる──できる筈だったが、現実は非常だった。


「無謀と勇敢を履き違えている君はBのモテない男子──」

「やり直しましょう、先輩」

「性格診断はそんなやり直すものじゃないんじゃないか……?」

「さっきのは口が滑っただけで本当の答えではないんです。本当の答えは、何もできずにただ全てを破壊するバッファローの群れを見つめ続けるですかね」


 今度は人間の弱さ。実際に強大なる壁が目の前に立ち塞がったとして、何か行動に起こせる人間と言うのは少ないだろう。何もできずに怯えてしまう、これが大半の筈だ。

 けれど、人間はそれで良いのだ。一人じゃ怯えて何もできない。だからこそ、身を寄せあって困難に立ち向かうことができる。

 身を寄せあうということは複数人いるということ。複数人いるということはモテるということ。つまり、モテるという診断結果が出る筈である。


「弱者な君はCのモテない──」

「実家に居る家族を思うが、これでどうですか?」

「ついにやり直すとすら言わなくなったな……えー、こんな時にしか家族を思わない君はDのモテない──」

「クッ……!!なんど繰り返しても結果が変わらない……!!」


 ループ物の主人公というものはこんな苦しみを味わい続けているのだろうかと思いつつ、頭を働かせる。

 モテない、という忌まわしき部分は変わらずとも、先ほどDのと言っていたように答え自体は変わっているらしい。

 ということは、この性格診断は診断結果にモテないとついている答えがいっぱいある診断ということだ。そりゃあ、先輩も僕に投げたくなる筈だ。

 だが、全ての診断結果にモテないと書いている訳ではない筈だ。だったら、


「ちなみに、モテないってついてない診断結果はあるんですか?」

「えー、それを聞くのかい?まあいいや。えっと……Xの全ての黒幕タイプがあるね」

「あの状況から黒幕になれるんですか……!?」


 なんでそんな診断結果があるんだ、と思いつつ内心ほくそ笑む。

 なんにせよ、モテないとついていないならそれで良い。ゴールは見えたならば後は突き進むだけだ。先輩はお菓子に夢中なのか、さっきからスマホの画面を見ていても触れてはいない。

 その余裕を崩してやろうと僕は答える。何者でもない、全ての黒幕になるために。


「実はその全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは僕が用意したものだったんです。だから、無事ここに来ていることに高笑いする、ですかね……」

「君はモテないカスの黒幕タイプだね」

「なんでモテない方の黒幕が居るんですかね……!!」

「ハハッ、失敗ばかりだけどその失敗を次に活かして頑張ろうだとさ。今の君にはちょうどいいじゃないか」


 そうは言われても、もう何も答えられなかった。

 もし、次の言葉を口にしてまたモテないならば。モテない診断結果を引き続けてしまえば。ここまで来てしまったが故に、単なる診断結果だからと笑い飛ばして仕舞いという訳にもいかなくなってしまった。

 こんな存在すら怪しい診断の結果に信憑性も何もある訳がないのに──存在すら怪しい?


 そこで、僕はようやくこの診断のおかしい点に気づいた。

 性格診断なんて、しかも〇〇タイプなんて診断が出るものなのに、選択肢がないなんてあるのか?

 僕がAからDまでの診断結果を連続で引き当てる確率は?さっきから先輩はスマホを見るだけで画面に触ってはいなかった、結果がXまである診断結果なのに?

 先輩は先ほどまでの僕の様子が面白かったのか、何かクスクス笑いながらお菓子を食べ進めてる始末。もう、診断なんてもうどうでも良いのかスマホも机の上に置きっぱにしている。


「すみませんね先輩!!」

「あっ」


 僕はサッと先輩のスマホを奪い去って画面を確認する。そして、言葉を失った。

 スマホには、真っ白な画面に一文だけ英語で書かれていた。『I love you.』と。

 暫く、互いに無言の状況が続いた後、先輩がごにょごにょと言ったように口を開く。


「……とりあえず早く答えたまえ」

「僕、先輩の為なら死ねます」

「勝手に訳すなよ、馬鹿たれ」


 そう言った先輩の顔は、少し赤かった気がした。

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