KAC20241・『ショートショートの神様』

夢美瑠瑠

 ”星新一”には、三分以内にやらなければいけないことがあった。


 それは、「星新一の最後のショートショート」を、書き上げることだった。

 タイトルを考え始めた。


 「…ううむ。1001篇目はかの”シェヘラザード”に捧げた。最後の小説は…?」


 葉巻を取り出して、火をつける。少し燻らせてから、立ち上がって、コーヒーメーカーにキリマンジャロの焙煎豆と、ミネラルウォーターを注ぎ、スイッチを点けた。


 「ふーっ…」瞑目して、しばし黙想する。安楽椅子の背凭れを軋らせる。


 「最後だから…「最後の審判」という、ミケランジェロの絵に因んで書こうか?「最後の晩餐」のほうがいいかな?もっと画期的に、アダムとイブの、人類創世神話とか、釈迦の入滅に因んだ逸話を題材にしてみるかな?… …」

 「そうだな、”小説というものに終わりが来た”ということにしてみるか。小説の終焉、それが到来した。…ではそれはなにゆえ?小説の終わりとはいったいどういう意味か?微妙に謎をひっぱりながら、読者の興味を持続させて…」


 いつものように創作メモを執り出した。「できそこない博物館」という著書のもとになったアイデア帳はもうかれこれ46冊目を数えていて、どれにもアイデアの原石が真っ黒にぎっしり積み重なって、汗牛充棟?という風情だった。ここから手練の技で精錬された最高級のブリリアンカットのダイヤモンドのコレクションが、さしづめ彼の珠玉の作品の数々だったのだ…

 

 そのうち、3杯のコーヒーも奏功せず、”ショートショートの神様”はうとうとと、白河夜船に櫂を漕ぎ始めた。


… …


 おかしいじゃないかって?

 3分はもう、とっくにたっちゃってるだろ?


 締め切りを逸脱して、開き直っているのかって?


 そうではないのです。

 星新一は、とっくに鬼籍に入っていて、今彼のいるのはいわゆる「天国」なのであった。

 天国にもやはり物語を読みたがる住人はたくさんいて、天国でも”神様”級の住人の住む”エデン調布”という高級住宅地帯に住む、星氏のところに原稿依頼が来て、これはその際の顛末なのだ。


 …ただし、天国という悠久の世界では、”三分間”は、人間界における”三年間”くらいの長さの感覚なのであった。


<了>


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