少女戦士アクアマリンの試練

市野花音

第1話 三人の少女戦士

 少女戦士アクアマリンには三分以内にやらなければならないことがあった。

 敵を倒すことである。

 今アクアマリンの目の前では黒いもやを纏った異形がわんさか湧いて自分達に襲い掛かろうとしており、それを防がんとする赤毛の少女が舞うように敵を薙ぎ倒していた。

 「ごめんマリン、そっちに行った!」

 隣で謝罪と警告を叫んだのは、アクアマリンの同僚の少女戦士ルビーである。燃え盛る炎のような真っ赤な赤毛を肩で揺らし、爛々と輝く赤い瞳をこちらに向ける。

 「大丈夫、任せて!」

 名前の通り宝石のようにきらきらした水色の瞳を敵に向け、アクアマリンは唇を開き、愛らしく儚い旋律を紡いだ。

 息を吐くたびにシャボン玉のような淡い色をした泡が膨らみ飛んでいき、黒い靄の形をした敵にぶつかると、もやはふにゃふにゃとか体をゆらしたあと、パタリと倒れる。倒れた敵が重なり、山ができる。

 「行きます!」

 アクアマリンのもう一人の同僚、少女戦士ダイヤモンドはその気を見逃すほど甘くはない。

 ルビーと背中合わせに戦っていたダイヤモンドは、その背中に生えた純白の天使の翼を使い滑空し敵の上空で止まると、手に冷気を溜め、敵の山を氷漬けにした。

 白雪の髪、瞳、肌、翼。お人形のような淡麗な容姿で異能を操るダイヤモンドは、観たものに畏怖の念を抱かせる。

 「さっすがダイヤ!」

 しかし慣れたアクアマリンは気にすることなく歓声を上げるが、ルビーの「次が来る!」という厳しい声に、はっとして前を見た。

 今三人の少女戦士が居るのは先ほどのダイアモンドの攻撃でひんやりとしている大通りだ。近くに川が流れ、ビルと街路樹が立ち並ぶこの場所は、人々が皆避難したので三人以外は人の気配はなく、うら淋しい雰囲気だ。

 それも後三分で終わりにしなくては。

 アクアマリンは隣にいるルビー、上空で浮遊するダイヤモンドと視線を交わすと、自分の十メートルほど先に開いた歪みに目を向けた。

 突如として日本に現れ、人々を襲う「影月かげつき」と呼ばれる異形に立ち向かう為、この世界を救う為、「影月」に対抗する神によって選ばれ、力を授かった戦士。それが「救世主の乙女」と呼ばれるアクアマリンたち少女戦士なのだ。

 「来た!」

 ルビーの叫びと共に、空間のひずみからわらわらと黒い靄が出てきた。「影月」だ。

 影月はこちらを認識すると、一直線に向かってきた。

 途端に、影月たちはルビーが生み出した炎によって囲まれ、身動きができなくなった。ルビーの炎は、影月にだけ効く魔法の炎。故に街路樹に燃え移ってしまうこともない。

 ルビーは魔法使いの少女戦士なのだ。

 「〜ーー!」

 アクアマリンもまた喉を震わせ、美しい旋律を紡ぎ、泡を生み出し、影月にぶつけていく。泡を被った影月はばたばたと倒れていく。

 アクアマリンの能力は、歌によって生み出した泡を浴びせ、敵を眠らせるものだ。

 更にそこに、白髪の天使が冷気を浴びせ、敵を凍らせ無力化する。

 白い羽がひらひらと舞う中、ダイヤモンドが地面に足をつけた。と、見えた次の瞬間、アスファルトの地面を蹴り上げ、影月が溢れ出していた歪みへと駆け寄ると、氷で出来た刃を思いっきり差し込み、まるで鍵を開けるかのように捻った。途端にあたりに光が満ち、あまりの眩しさにアクアマリンとルビーは目を瞑った。

 二人が再び目を開くと、もう歪みはなく、ただダイヤモンドが立っているだけであった。

 ダイヤモンドは神の使い、天使であり、この世界の住人ではなく、人間でもない。それ故に、影月が開ける歪みも直すことができる。けれど背中の羽以外は人間そのものだし、アクアマリンもルビーもダイヤモンドを大切な戦友だと思っている。それに、アクアマリンもルビーも、普通の女の子とは言い難いし。

 「終わったね」

 ルビーが赤い髪を風に靡かせ、あたりを見回す。

 「無事に撃退できてよかったぁ。早く帰ろっか」

 アクアマリンはほっと胸を撫で下ろし、間に合った事に心から安堵した。

 「そうですね」 

 ダイヤモンドも冷たいと言われがちの顔にうっすらと笑みを浮かべ、翼を広げた。

 「ダイア、失礼するね」

 「いつもありがとねぇ」

 「いえ、それほどでも」 

 アクアマリンが右腕、ルビーが左腕に捕まると、天使ダイヤモンドは空へと上がっていく。

 避難していた人々が安全に築き、恐々と戻っていくのが見えた。

 遠くを見れば地平線に太陽が沈むところであった。

 「綺麗だね〜」

 「そう?」

 「そうでしょうか?」

 二人の同意は得られなかったが、アクアマリンはこの景色こそが自分が少女戦士アクアマリンになり、救世主の乙女として戦うことの意義だと思っている。

 そうしみじみしていると、

 「っ、しゅうげ、」 

 ルビーの焦った声が鼓膜を叩いた。

 「へ?」

 間抜けな声を上げた時にはすでに時遅し。大きくバランスを崩したダイヤモンドとルビー共に、アクアマリンは中に放り投げられていた。

 「っあ、」

 ー落ちる!

         *

 「ごめん、油断していた」

 「……いや、いいよルビー。私も同じだったし」

 「すみません、敵に気付かなかった挙句バランスを崩してしまって……」

 「いや、ダイヤも、本当にいいんだよ……」

 なるべく下を向きながら、アクアマリンは答えた。周りの人々の好奇の視線が、痛い。

 三人の少女戦士は、こっそりダイヤモンドの翼にひっついていた影月に襲撃され、落下した。

 街中を流れる川へと。

 今の三人は、真っ黒な髪をプール帰りよりもひどく濡らした少女と、白い髪がとても目立つ少女と、謎のコスプレ少女の集団になっていた。

 謎のコスプレ少女は、アクアマリンであった。

 アクアマリンは現在、上半身が人間の女の子、下半身が水色の鱗とヒレをもつ魚。

 つまり、人魚の姿であった。

 「……いや、運が悪かっただけだよ、まさか川に落ちちゃうだなんて……。いや、運いいのかもしれないけど……」

 アクアマリンの正体は、海に住む半人半魚の人魚の少女、泡を操る人ならざるものであった。

 「いえ、悪いです。私は硬い地面に落ちようとも、二人の緩衝材に成れましたから」

 「そうですか……」

 「確かに、運悪かった。川に落ちた直後、あたしらの変身が解けたのは間が悪いとしか言いようがない」

 「そうですね……」

 影月に対抗する神が三人が少女戦士になる時に与えたのは、変身の能力。

 変身する前はただの人間であるルビーは、魔法使いになる能力。

 天使のダイヤモンドは羽を自由に出し入れできる能力だ。今も翼を畳んで人魚姿のため歩けないアクアマリンを担いでいる。

 そして人魚のアクアマリンは下半身が人間になる能力。しかしアクアマリンの能力は不完全で、水を被ると立ち待ち人魚に戻ってしまう。

 変身には時間制限もあり、時間がくれば変身は解けてしまう。アクアマリンとルビーの変身が解けてもダイヤモンドは飛べるのでギリギリまで戦っても穏便に帰れる算段だったのだが、こんな落とし穴があるとは。

 因みに、ダイヤモンドとアクアマリンの影月との戦闘で使う技は、少女戦士になる前から持っていた能力だ。

 神様が若干不親切だと思わなくもない。

 「火を起こせたら乾かせたんだけど……」

 「もうこれは歩くしかないですね……」

 ダイヤモンドの翼は湿ってしまって、使い物にならなくなってしまっている。ルビーも変身が解け、黒髪黒目の人間にもでってしまっては魔法の火で三人を乾かすこともできない。故に街中を歩くしかないのだ。

 申し訳なさそうな二人を見ていると、アクアマリンは居た堪れなくなってくる。

 「もう、本当に気にしてないって!運が悪かった、そうでしょう?幸いにも、それで済まされるぐらいしか被害受けてないし、影月もきっちり退治できたし、まあ良かったんじゃない?次もまた、頑張るってことで!だからさ、隠れ家帰ったら、録画してたアニメでも見ようよ」

 「……そうだね、そうしよう。ありがとう、アクアマリン」

 「この姿だともう歌川うたがわかなでだよ、朱音あかね

 「あ、そうだった」

 戦士ルビーこと黒崎くろさき朱音は柔らかな笑みを奏に向けた。

 「ありがとうございます、奏さん」

 「もうめぐみ、呼び捨てでいいって言ってるのに」

 戦士ダイヤモンドこと天野あまの恵に、戦士アクアマリンこと歌川奏は不満を漏らす。 

 「戦闘中もアクアマリンって呼ぶし、アクアで良いのに」

 「私がそうしたいんです」

 「……ならいいけど」

 「ねえ二人とも、帰ったら何のアニメ見る?」

 「えっと、そうだな〜」

 人魚と天使と半魔法使いの少女戦士こと救世主の乙女たちの歩みは、まだまだ前途多難だが、この時はただの仲の良い友人同士であった。

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少女戦士アクアマリンの試練 市野花音 @yuuzirou

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