バッファロー・スタンピート(KAC20241+用)

Tempp @ぷかぷか

第1話 バッファロー・スタンピート

「スタンピートだぁ!!!!」

 訪れたばかりのバクラバの街の、さらに足を踏み入れたばかりの冒険者ギルドに大声が響き渡った。それを追いかけるように歓声や悲鳴が上げる。

「なあなあドルチェ、スタンピートだってさ!」

「喜ぶな、馬鹿」

 祭り事のようにはしゃぐ声を上げたのは相棒のタリアテッレだ。俺とタリアテッレは幼馴染で、少し頭の足りない戦士のタリアテッレが冒険者になるんだといって村を飛び出したのを召喚士の俺が追いかけてからもう数年、諸国漫遊よろしく世界をふらふらとさまよっている。

「おいタリアテッレ、スタンピートって何かわかってんのかよ」

「えっと、魔物が一杯やってくる」

「正解だ。なのに何故はしゃぐ」

「何故? なんでだ?」

 タリアテッレは混乱したようにドルチェを見つめた。


 スタンピートとは大量の魔物が暴走する現象だ。それは様々な要因で起こる。たとえばダンジョンで魔物が溢れすぎたとか、地域の魔力バランスが崩れたとか、精霊や魔女の気まぐれとか。それで問題は、いったい何がどれほど溢れたかだ。

 そして間髪おかず街全体に響き渡るようなアラートが発せられ、ドルチェは思わずため息を吐いた。

「皆のもの、注目!」

 ギルドの奥から立派なあごひげを蓄えた五十絡みのむくつけき戦士の登場に、ギルド内はしんと静まった。このバクラバの街の冒険者ギルドのマスター、つまり代表者のようだ。

「強制依頼を発令する! 現時点でこの街にいる冒険者全てはギルドの指揮下に入り、スタンピードに備えるように!」

 ドルチェは思わず舌打ちした。

「ああ、やっぱりだ。つまり俺たちはスタンピードが収まるまでこの街から逃げ出すすべを失ったってわけだ」

「なぁドルチェ。これって駄目なことなのか?」

「話次第だな。強制依頼は断れないぶん報酬が良い。ゴブリンなんかのスタンピートだと協力してかかれば割がいい仕事になるだろう。ただしドラゴンなんかがスタンピートを起こしたなら強制依頼ってのは死ねってことだよ、わかるだろ」

「ドラゴン!?」

 大声を出そうとしたタリアテッレの頭をすかさずはたき、だまらせる。せっかく小さな声で耳打ちしたのにとドルチェはひとりごちる。

 所詮漫遊目的のブラリ旅、俺たちの冒険者のランクとしてはそこそこの下だ。だからドラゴンが出たとかいう話は本来逃げの一手しかない。

「まあドラゴンがスタンピートするなんてことは普通ないがな」

「ドラゴンかっこいい!」

 ドルチェははしゃぐタリアテッレに再びため息をつき、タリアテッレがこういう冒険譚を好きなことを思い出した。


「ギルマス、何がスタンピートしたんですか?」

 前の方にいた魔法職と思しき男が必要な情報を確認する。

「溢れたのは北部草原のブラックバッファローで、数は1万頭ほどが一直線にバクラバに向かっている」

 ギルマスの重々しい声に、様々などよめきがあふれる。脳筋な戦士連中を中心にやってやるぜと喝采が上がる一方、ドルチェは冷や汗をかいていた。

 ブラックバッファローは巨大な牛型の魔物だが、本来は大人しく、単体ではそれほど強い魔物ではない。しかし一万頭が押し寄せてくるともなると話が変わってくる。通常のバッファロー狩りは一頭を数人で囲って倒す。だから多くの冒険者は頭にそれを浮かべる。けれども今回はその戦法は使えない。一体2~3トンを超える巨体が津波のごとく面的に押し寄せてくるのだ。

 ドルチェはバクラバの街の外は障害物もない平地が広がっていたことを思い出す。ブラックバッファローが群れで向かっているのなら、その大質量を正面から受けきるしかない。よほどの戦士でもなければ容易に弾き飛ばされてしまうだろう。全員で囲うという戦法が土台無理なのだ。そんな隙間なんてない。

「誰もことの重大さを理解していないのか」

 ポロリと呟いたドルチェの言葉を聞きとがめたのはギルマスで、事務員づてに会議室に来るよういざなわれた。


 会議室にはギルマスと事務員2名の他、全身鎧が1人と魔法職っぽいのが5人だ。無駄にはしゃいでるタリアテッレには情報収集してこいと伝えて置いてきたが、正直期待していない。

「私はバクラバのギルマスをしているクラッツェだ。君は外から来た冒険者かな?」

「ドルチェだ。……今日バクラバについたばかりだ」

「それは災難だったな。さてここに集まってもらったのはあの場で冷静そうだった者たちだ。率直に意見を聞かせてほしい」

 他のメンバーはもともとのバクラバの冒険者らしい。初めて見る俺を呼んだくらいだから、藁をもすがるということだ。楽観視して突撃を命じるようなギルマスでなくてよかったとドルチェは心の底から思った。けれどもこれをどう切り抜けるかは別の問題だ。

 ギルマスは机の上に近隣の地図を広げた。

「スタンピートの到着は10時間後だ」

「ろくな対策もできそうにありませんね」

 何人かが地図をもとに話し始めるが、ブラックバッファローの生息地である北の草原からバクラバまでは低木がまばらにあるほかは3つほどの農村が間にある。

「農村にはすでに避難指示は出してある。残念ながら村と畑は捨てるしかないだろう」

 その結論はドルチェにも致し方ないと思えた。ろくな強度の外壁すらないのだ。けれどもドルチェが見たバクラバの街もそれほど強固な城壁は築かれていなかった。一応、一般的な壁で街が取り囲まれているが、それはあくまで通常の人型の存在を前提としている。

「なあ、俺はこの街に来たばかりだが、農村の奴らがこの街に逃げてきたとして、ここの壁はブラックバッファローに耐えきれるものなのか?」

 全員が鎮痛に頭を垂れた。流石に途中にある農村のように押しつぶされはしないだろうが、街の中にまでそれなりの数の魔物の侵入を許すことになるだろう。沈黙は雄弁にそれを物語っていた。

「今土魔法使いに補強を命じているが、心もとないな。ある程度、バッファローの勢いが殺せればこの街の歩兵部隊で対応できるかもしれないが、現在の状態では飲み込まれるだけだ。ジェシカは広域の炎魔法が使えるが、それで何とかできなければきつい」

 一人の魔法使いの女が頷いた。

 ドルチェは疑問に思う。炎で狂った牛が止まるだろうか。なにせ牛は面で攻めてくる。牛自体も逃げるためには隣の牛の壁を突破しなければならない。やはり留めるにはその足をなんとかして行軍をとどめないといけない。ドルチェは村の周辺のポイントを示した。


「この四角い区画はなんだ?」

「ここは水田だ。ここで少し足が緩めばいいが、あまり期待できない」

「水田?」

「ああ。水を張って米を育てている」

 ドルチェは米を食べた経験はほとんどないが、そのような穀物があることを知っている。

「水を張っているなら足止めできないかな」

「水といってもそれほど深くはない。今は小指の長さ程度の水深だ。誤差にしかならん」

 少し深いぬかるみという程度だ。ドルチェは頭をフルで働かせ、見渡した。

「少し考えがある。うまくいくかどうかわからんが、俺ならここで足止めができるかもしれん」

「一体どうやるんだ? 凍らせようとしても土が多くてまともに凍らないし、土魔法で固めようとしても水が固めた土を柔らかくする」

「俺は召喚士だ。魔物を使う」

 バクラバのあたりには召喚士というものがもともと少ないらしい。説明に骨は折れた。言葉を尽くしても半信半疑の反応だった。けれどもやらないよりはマシかもしれない。そしてドルチェの呼び出そうとする魔物が役に立つとは誰も思わなかったけれど、失敗してもドルチェ以外の被害が出るわけでもなく何かの足しになるかもしれないという話になり、ドルチェの作戦は許可された。ドルチェは漸くほっと息をなでおろした。

 冒険者はどうせ最前線で、敵前逃亡は厳しい罰を受ける。何もしなければブラックバッファローの突進は止まらないし、ドルチェにはそうなればぺちゃんこになる未来しか見えなかった。それなら更に最前線に立って勝ち目を見つけるだけだ。それに……そのほうが逃げやすい。

 会議を終えてくたくたになってタリアテッレのところに戻ればタリアテッレはギルドに併設した酒場で軽く酔っ払っていたものだから、思わず頭を叩いた。

「あっドルチェ。俺、情報集めたよ。ブラックバッファローは焼くとすごい美味いって」

「飲むやつがあるか、馬鹿。これからそいつが襲ってくるんだぞ」

 ドルチェは今日3度目のため息を吐いた。


 ドルチェの眼の前には土煙がもうもうと上がっていた。つまりその土煙の奥はバッファローで埋まっているということだ。土煙を追って上空を見ればそれはもう見事に晴れ渡り、黒い巨鳥が優雅に青い空を飛んでいる。そして鋭い笛の音の後、ジェシカの作り出した巨大な火の玉が頭の上をゆっくりと飛んでいき、土煙の中に落下して轟音を上げる。その巻き起こす風に乗って訪れた熱波にドルチェの黒髪がチリチリと焼ける音がした。

 それが数度続けられ、けれども笛の音が鋭く2回鳴った。これはバッファローの速度が衰えていないという合図である。土埃に少し焦げたような臭いがドルチェの鼻に届く。

「やはり炎魔法ではバッファローは恐慌を来すだけだな。炎から逃れようと突進を続ける」

 土煙はますます大きくなり、その隙間からその黒い姿がチラチラと見えるようになるにつれ、ドルチェの肌は粟立っていく。ブラックバッファローはそのまま最初の村に突入したが、村はバッファローの群れの突進に何の影響も与えなかった。木々に、そして家々に突進し、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れはドルチェをも容易に踏みにじるだろう。そしてそれは最後にバクラバの街の擁壁を突破し、街になだれ込んで多くの被害をもたらすのだ。

 ドルチェはごくりとつばを飲み込んだ。

 バクラバの街の尖塔の上から再びジェシカが炎を放つ。けれども大河の流れのように密集した黒い群れはますます狂ったようにスピードを上げていく。ジェシカやギルマスの目にはそれが塔の上から映った。そうしてまもなく、その一群はまもなくドルチェに到達する。塔の上ではみなが祈るように手を合わせて目を閉じた。

「残念ながら俺は諦めが悪いんでな」

 一方のドルチェの瞳は見開かれ、不退転の決意がみなぎっていた。遥か彼方から大地を揺らすその振動はドルチェの体に伝わり、恐怖だか武者震いだかよくわからない体の震えはドルチェの精神を研ぎ澄ませるのに十分だった。

 ドルチェは手を大きく叩き、精神を統一し、最初のバッファローが水田に足を踏み入れた瞬間、予め大量に召喚していた魔物に命ずる。

「起きろ、スライムども! 餌が来たぞ!」

 その瞬間、水田の水と思われた表面が激しく波打ち、そこに足を踏み入れたバッファローに絡みつく。もちろんスライムは弱小の魔物だ。単体ではバッファローなど止めることなどできない。けれども戦闘の足を少しだけもつれさせることくらいはできる。時には転ばせることも。

 そうして最前列のバッファローの何頭かが怯んで足を緩め、そして後続のバッファローに追突されて大きく転倒する。大きな鳴き声が上がり、そこにさらに次から次へと後続のバッファローが突進していく。それを確認したドルチェは再び空を見上げた。

「来い! ヨグフラウ!」

 すると上空を飛んでいた巨大な黒鳥が舞い降り、ドルチェの腹をその鉤爪で掴んで再び空に舞い上がる。次第に空高くに浮かぶドルチェにはこれまで一塊だった群れの所々が詰まり、濁流ができ、群れ全体がバラバラに走り始めるのが見えた。そして巨大な炎がドルチェのすぐ近くを何発か飛んでいき、ますます群れの動きは不規則になった。

「糞。危ねぇな」

 そこに笛の音が一度だけ大きく鳴り響く。

 それは突進の合図だ。鬨の声を上げた多くの兵と冒険者が散り散りになり始めたバッファローに襲いかかる。既にバッファローの密集は解かれていたし、その歩みは緩んでいた。もとよりおとなしい魔物だ。各個撃破するなら通常の狩りとさほど変わるまい。数は数だが、矛先がばらけたことでバクラバとは異なる方角に向かう群れも増えた。バクラバに向かうのは正味二千頭といったところだろう。だから、なんとかなるはずだ。

「ヨグフラウ、ありがとう」

「良い。そのような契約だからな。お主の用意する紅茶は美味い」

 黒鳥は何事もないようにそう答える。ドルチェの視界の端でタリアテッレが転ぶのが見えた。

「お前までコケてどうするんだよ、全く」

 そのはるか天空での呟きは、当然ながらタリアテッレには聞こえなかった。


 その夜、たくさんのブラックバッファローがBBQになった。肉と酒を掻き込むタリアテッレを放って、ドルチェは予想通りクラッチェに呼び出された。

「ありがとう、そして申し訳ない」

 クラッチェは勢いよく頭を下げた。それもドルチェには予想していたことだ。

「やっぱり金にならないんだな」

「ああ。大変申し訳無いのだが、君の貢献を冒険者たちに説明できないんだ」

 ドルチェは肩をすくめた。

 ドルチェの貢献はバクラバにとって極めて大きかった。ドルチェの行動がバクラバと、そこにすむ多くの人間と財産を救った。けれどもそれがわかるのは、尖塔の上でバッファローの動きを見ていた者だけだ。

 正面からみればバッファローは相変わらず真っ直ぐ突進してきていたし、冒険者たちはいつもと同じように一頭のバッファローを囲んで倒していた。それが可能となったのはドルチェがバッファローの群れをバラバラにしたからだったが、いつも通り行動し、いつも通りバッファローを倒したからこそ冒険者はそれを理解できない。

 いつもと何が違うのか。いつも通り倒したのに何故ドルチェというよそ者に金を余分に払うのか。ろくに学校にも通っていない冒険者には説明がとても困難であるし、全員を納得させることなど土台不可能だ。だから、今回のスタンピートの報酬はパーティがブラックバッファローを倒した頭数によって支払われるという明瞭な方法をとっている。ドルチェの貢献は同じパーティであるタリアテッレが倒したバッファロー一頭分だけだ。一人でブラックバッファローを倒すというのはそれなりに凄いことなのだが、二千頭のうちの一頭は埋もれるだけだ。

「予想の範囲だ。俺はこのバクラバの冒険者ではないしな」

 ドルチェは自嘲した。どのみち強制依頼が発動された以上、生き残るにはそうするしかなかったと心のなかで割り切る。

「とはいえ君の貢献は明らかだ。金銭的な優遇は難しいが、なるべく便宜を図ろう」

「便宜……」

 ドルチェは小さくその言葉は口の中で反芻した。

 ドルチェとタリアテッレはいつも気の向くままに旅をしているのでよく金欠に陥っているが、そこは冒険者のこと。終局的には金はタリアテッレが魔物を倒せばギルドで買い取ってもらえる。そう考えれば目に見えない便宜の方が旅をするにも良いかも知れない。ドルチェはそう気を取り直した。そうしてドルチェが手に入れた便宜については、また別の話のこと。


「ドルチェ、何してたの?」

「野暮用だよ」

 ギルドの酒場に戻れば、タリアテッレは肉をつまみながら酔っ払っていた。

「これ俺がやっつけたブラックバッファローだよ。焼いてもらったんだ」

「そういや焼くと美味いって言ってたな」

「確かに美味いな」

 ドルチェが肉汁したたる一欠片をかじってそう呟けば、タリアテッレは満面の笑みを浮かべた。

「もってける分だけ燻製にしてもらって後は買い取ってもらった」

「おお、お前にしちゃなかなか気が利くじゃないか」

 聞けば普通はありえない量だが、持ち運ぶのはタリアテッレだから多いに越したことはない。

「ねぇ、それよりなんで一人で前線にいたんだよ、危ないじゃんか」

「大人の事情だ」

「そっか」

 ドルチェはもう少し考えろよとも思ったが、タリアテッレなのだから仕方がないと思い直す。それでエールを打ち付けて乾杯し、しばらくこの街に滞在しようかとかタリアテッレが仕入れてきた名物の美味い食い物なんかの話を聞きながら、旅の夜は更けていった。


Fin

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