同居人は魔法使い 9

「何だい? その妄言」降魔さんは肩をくすめる。


「何処かで聞いたことがあったからそう言っただけ」

「人間は面白いことを言うんだね」

「実際どうなのさ」

「そりゃあ、魔法界でも動物は沢山いるからね。手懐けて魔力をあげて、魔法を教え込む者が多いよ」

「ペットにってこと!?」

「そうそう。猫は勿論、犬に鳥、虫や蛇とかもね。中にはケルベロス飼ってる奴もいるよ」

「ケルベロス?!」


 ケルベロスってアニメや漫画でしか見かけないが、まさか本当に実在していたとは……!!

 それはそうか。

 

 降魔さんの住んでいた所は魔法界だもんな。非現実的な出来事が起きたり、あり得ない物があったりしても可笑しくないか。


 俺は自己解釈して勝手に納得している。


「降魔さんはペット飼ってたの?」

「うん。随分前に亡くなっちゃったけどね」


 一体、どんな動物を飼ってたんだろう。


 そう質問しようとするも、降魔さんが遮るように呟いた。


「でもね、たまに動物が嫌いになるよ」

「え……?」

「いや、あの頃はずっとそう思ってたっけ」


 俺が言葉を作っている間にも降魔さんは何かをブツブツと呟いていた。そして、何か思い耽って黒猫をぼんやりと見つめている。

 降魔さんと呼びかけようとするも、肩を叩こうとした手が空中でピタリと止まる。

 行き先のない手を無理矢理でも解こうとそっと手を隠す。


 心の中では何故か、ザワザワと落ち着かない気持ちで溢れかえっていた。

 

 あぁ、やっぱり。

 降魔さんのことを考えてると、ますます訳が分かんなくなってくる!!

 

 いつまでも哀愁漂わせる雰囲気を醸し出す降魔さんに俺は痺れを切らした。


「もういい。先に帰るからな」

「え、待ってよ。ヨミくん」


 後ろで慌てる声が聞こえるも俺は聞く耳を持たなかった。顔を前だけ集中させる。降魔さんに押し付けるようにわざと足音を強く立てながら歩いてやった。


 降魔さんが変なことばっかり言うから、俺が猫に引っ掻かれたのは自業自得とか、この時だけ変な降魔さんのせいだ!!


「降魔さんなんて知らない」


 知らない、知らない。

 あんな降魔さんなんか、降魔さんなんか!!


 突如に浮き上がった棘の入った感情は俺の心の中で行ったり来たりするばかりで、どこにも彷徨えそうにもなかった。

 当然、スッキリしなかった。


 後ろから地面を蹴るような駆け足音が聞こえてくる。同時に降魔さんの焦った声も遠くからだが分かる。


「ヨミくん、危ない」


 突然、グイッと腕を掴まれ、その衝撃で俺は後ろに引き寄せられた。俺は情けない声が出る間もなく口をあんぐりと開きっぱなしにのままでいた。

 

 一体何が起きたのだろうかと辺りをキョロキョロする。


 その瞬間、軽型トラックが俺たちの目の前を走り去った。見上げると、男体化した降魔さんが心配そうにしている。

「大丈夫かい?」いつも聞く声より低いテノールな声が降りかかる。

 俺の右腕には、健康的な成人男性の手が握りしめられていた。


「ヨミくんが変な歩き方するから危ないって思って。あのままでいたら、ヨミくん怪我レベルじゃ済まされなかったんだから」


 降魔さんの軽い叱責を無視し、俺は咄嗟に降魔さんの手を振り解いた。


「急に腕を掴むなよなー。あと、何で男の姿になってんだよ!!」

「こっちの方が筋肉量もアップして便利なんだよ」

 

 そう言って男体化した降魔さんはハンサムな笑みを浮かべる。

 相変わらず眉目秀麗でムカつくわー。


 降魔さんに対する苛立ちを抑え、俺はトラックが走り去った方向を眺めた。その先には大きな十字路があった筈だ。


「ヨミくん?」いつまでも黙り込んでいる俺を気にかけてなのか、降魔さんが俺の顔を伺っている。


「きっと俺は、車を運転するのは無理なんだろうな」


 きっとじゃない。

 多分、俺が高校生を卒業しても。大学生になっても。就職活動に励んでいる間も。


 きっと。きっと。


 いつまでも恐怖が纏わりついているようじゃ運転もままならない。その原因はもう分かっている。

 

 それは、いつまでもあの日のことを思い出してしまうからだろう。


「怖い」


 今でもそうだ。

 大きな交差点を見ると足がすくんでしまう。足底に接着剤が塗りたくられ、動けなくなる感覚に襲われる。

 だから、通学する時だってわざわざ車があまり通らない所を選んで通っている。


 大学選びだって比較的交通路の少ない所を選んだ。


 例え、トラウマは克服することが出来ても完全に消えやしない。

 

 俺、こんなんで将来やっていけるのかな。


 暗い気持ちがどんどん押し寄せる。この頃気持ちの浮き沈みが激しい。心が落ち着いたと思えば、今度は悩む様に不安が募るばかりだ。


 これまでの感情とそこから生まれた不安と悩みが瞼にのしかかり、気が抜ければ意識を失ってしまいそうな感覚になる。


「ヨミくん」


 安心する声に俺の意識はそこで起き上がる。顔を見上げるといつもの優しい笑みを浮かべた降魔さんが俺を見つめていた。


「大丈夫。ボクが側にいるから」


 あぁ。

 俺はいつも、この人に助けられていたっけ。


 俺はぼんやりしながら降魔さんを見つめる。


 降魔さんは相変わらず、綺麗な笑顔を見せる人だな。

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