同居人は魔法使い 7

 見慣れたテーブルに先程よそったご飯とカレーを注いだ皿を置く。覗いたら顔が歪む金属のスプーンも傍に添えると、あっという間に今日の昼食が完成した。

 そして早速、俺と降魔さんはカレーライスを食べ始める。


「いただきまーす」

「いただきます」


 スプーンに一口サイズの量を掬い、カレーを口の中に放り込む。

 味は普通だな。

 中辛だから、少し舌がピリピリするけれどもう二度と食べたくないという辛さじゃないから良いかも。


 そのままカレーを食べ続ける。そこでふと、気になったことがあったので俺は降魔さんに視線を移した。


「なぁ、降魔さん」

「どうしたの? ヨミくん」

「降魔さんは何でカレーが好きなの?」


 カチャン。


 金属が重なるような音が耳に響く。視線を下にずらすと、降魔さんが食べるのを止めて何か考え事をしていた。


 そんなに深く考える程のことなのか?


 俺は少し疑問を抱いた。

 こんな質問をして思ったんだが、降魔さんって一体何者何だろう。高三に、しかも卒業寸前にもなってこんな事も分からないのもどうかしてるかもしれない。


 だが、あの頃の俺はきっと、今よりもダメダメだったのは分かっている。

 どうしようもなくて、立ち直るのにどれだけの時間を無駄にしてきたのか。


 降魔さんのことを何も知らないまま、ここまできちゃったんだな……。


 胸のあたりが生ぬるい感覚になった。気持ち悪くはないが、このまま考えていたら瞼まで落ちてしまいそうな程気持ちが沈みかけていた。


 そんな時、降魔さんはこんなことを口にした。


「お母さんがよく作ってくれたんだ」

「お母さん? 降魔さんも家族はいたんだ」

「居たんだってその言い方。そりゃあ、ボクだって居るさ」


 降魔さんは愉快げに笑う。カラカラとした笑い声にいつの間にか心の蟠りも霞んでいく。俺は降魔さんの言葉に食い付いた。


「でも、魔法使いって性別がないんでしょ?」

「そうだよ。産まれた時は、みんな性別がないんだ。そこから数多くの人生を歩んでいくことで、自分にあった性別を見つけることができる」

「所で降魔さんは性別はどっち?」

「ボクはねェ、男でもあれば女でもあるんだよ」

「どっちだよ」


 相変わらず曖昧な回答をする降魔さんに俺はもうため息を吐くしかなかった。俺の反応がお気に召したのか降魔さんはニコリと微笑む。


「ボクは女性として生きていくことを決めたお母さんと、男性として決めていくことを決めたお父さんの子だから」

「へぇ……」

「勿論、結婚だって異性同士だけではなく同性同士の結婚も許可されているんだ。でも、人間界ここは結構面倒臭い場所だよね。異性同士しか結婚しちゃダメだからさ」

「降魔さんは結婚したい人とかいるの?」

「今ボクの目の前にいる人だよ」

「ふざけてんのか?」


 てか、そう言いながら男の姿になるな!!

 

 二言目を言おうとするも口が思うように開かない。

 普段の姿と雰囲気は似ている。しかし、体つきが男性のように頑丈で肩幅も広くなっている。

 俺より筋肉あるし、俺より背丈も高い。そして、極め付けは降魔さん特有の顔付きだ。瞳に入ったら面倒そうなくらいの長い睫毛。そこから黄緑色の瞳が見え隠れしている。

 髪も、短髪と涼しげな仕上がり。筋の通った綺麗な鼻。荒れのない唇。


 息を呑むほど恐ろしいくらいの美形だ。


 そんな男体化した降魔さんは俺を舐めるように見つめて不敵な笑みを浮かべた。


「でもさァ、よく人間はこう言うでしョ? ダメと言われるとやりたくなるのが人間の性質だって」

「……と言うと?」


 ガタンと音がした。

 気がつくと降魔さんが立ち上がり、俺を見下ろしていた。

 そのままじりじりと前のめりに近づく降魔さんに椅子を少しずつ後ろにずらしていく。


 降魔さんの容貌の優れた顔が目の前で拡大される。


「ボクと禁断の恋、してみない?」

「断る」


 俺は即答し目を合わせないようにと瞼を瞑る。やがて、不服そうな声が聞こえてきたのを確認し、俺はゆっくり目を開けた。


「もォ、ヨミくんはつれないなァ」

「そもそも恋って好きな人とすることだろ。性別関係ないじゃん」

「うん。そうだね」

「それに、降魔さんが俺に抱いている感情は恋愛の感情じゃないだろ。アンタが抱いてるのは……」


 そう言いかけた所で俺はピタリと止まる。


 そう言えば降魔さんって俺のことどう思ってるんだろう。

 降魔さんはいつも、俺をこうやって揶揄う所が多い。だが、本当の所、俺のことをどんな風に思っているのか分からない。


 分っかんねぇ……。 


 考えても分からないことを考えてもしょうがない。寧ろ心に複雑な気持ちが募るばかりだ。

 それは、俺が降魔さんをきちんと知りきれていないからだろうか。


「やっぱり何でもない。それより、そんな思わせぶりな態度ばっかり取ってるといつか痛い目を見るぞ」


 俺はそれだけを言い、視線をカレーへと戻す。

 降魔さんの茶番に付き合っていたせいでカレーが完全に冷める所だった……。


 カレーを黙々と食べている所を降魔さんにじろりと見つめられるも無視を貫くことにした。

 降魔さんは元通りの姿に戻り静かに椅子に腰掛ける。

 

「ヨミくん。ボクはね、ヨミくんが居れば本当に……本当に……」

「……降魔さん?」


 あれ、今。 

 降魔さん何か言ったか?


「どうしたの」

「いや、何でもないよ。カレーおかわりしてもいい?」

「うん。どうぞ……」


 頷くと綺麗な笑みを浮かべて再び椅子から立ち上がる。カレーを食べ続けていると、降魔さんが俺の名前を呼んだ。


「ヨミくん」

「何だよ」

「ありがとう。ヨミくん」

「別に俺、何もしてないんだけれど」

「良いんだ。ボクが勝手に言いたくなっちゃっただけだから」

「あっそ」


 その台詞は、俺の方なのに。

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