あこがれの先

一の八

あこがれの先

あこがれの先


「今日だけは、憧れるのは、やめましょう!」



テレビの中では、試合前の映像が流れていた。


この試合がどれだけ大きな試合なのか、

それは誰もが感じていた。


海外の選手とも互角以上に戦っている選手がそう言った。

彼は、誰も勝てないと言われるくらいの大きな記録を残している。

そして、今もそれは続いている。


そんな選手と自分じゃ…

同じ舞台まで行く事が出来る人だから


画面の向こうでは、そのまま試合が始まろうとしていた…



ー16年前


「……から来ました。……です!よろしくお願いします!」

「はい、次」

「はいっ!」

「八中から来ました。野原です!

よろしくお願いします!」


桜が満開に花を咲かせ、一つの彩りを添えるそんな季節に…

僕は、野球部に入った。


甲子園という大きな舞台に立てるチャンスがきた!

誰にもでも夢を追いかける事の出来る。


自分にもあるのかもしれないと、期待しながら、心を弾ませていた。



はずだった…



「まずは、一年外周な!

ここは、みんなで1キロある。それを3:45秒以内に帰ってくる事!いいな!出来ないやつは、練習に参加させないから」


1キロ3:45秒ってけっこう速いよな…

そんなの僕にも出来るのか?


僕は、そんな一抹の不安を抱えながらも走った。


案の定、

その初日にタイムに切る事が出来た同級生は、片手で数えるくらいしかいなかった。


桜が散り、季節が一つ移ろとしていた。

そんな中で一人、また一人と、

最初の課題をクリアしていった。


そんな中でも僕と他に二人が残っていた。


走っても、走っても、


「3:52秒」「3:51秒」

毎日、同じようなタイムしか出ない…


なんだか、心が折れそうになる。

それでも、走り続けた。

とにかく、走り続けた。


「3:44秒」

「よしゃっ!タイム切れた!」


僕は、自分の中で何かを成し遂げたという達成感を味わった。



それは、1人の同級生のおかげだった。


僕と同じようにタイムが切れない2人がいた。


心のどこかでは、

あいつらなんかに負けたくない!

そんな事を思いながらも走り続けた。


2人のうち1人が抜けて、残りは1人になっていた。


そんな彼は、1人で走っていた。

来る日も来る日も

ただ、走っていた。


「あいつまだ切れないのかよ。ダメだな。あいつは…」


先輩達にそんな事を言われても、走っていた。



僕は、3人で走っている時ですら、

心が折れそうになったのに…


なんで、そこまで頑張れるだろか。


僕は、初めてその同級生に対して、

尊敬のような憧れを感じている事に気がついた。


彼は、走って、走って、走って、

走り続けて、


タイムを切ることが出来た…



ー16年後


滝のような汗を流していた。

2人でベンチに腰を掛けた。


サウナでは、水風呂に入ってからの

ベンチに腰をかける、

この外気浴が大事らしい。


なるほど。


「暑いね」

「暑いね」

「おお!なんか整ってきた!

「おっ!いいね。おれはまだだな。笑」


「でも、高校時とかすげぇよな。

はじめの全然ダメダメだったのくせに。

最後の大会で背番号もらうとか。どんな成長期だよ!笑」


「たまたまだよ。」

「ふざけんな。笑」



僕の中で憧れだった存在だった彼は、

憧れではなくなった…





なぜなら、自分にとってのかけがえのない友達になったから。


「もう、1セット行く?笑」

「えっ〜行くか!」

「この1セットで整うかどうか変わってくるから。」

「なんだそれ?笑」






僕らは、湯気が立ち籠る扉の中に入っていた。

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