やらかした【KAC20241・書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』】

カイ.智水

やらかした

 やらかした受験生には三分以内にやらなければならないことがあった。


 長かった試験も終わりに近づいた頃、彼は気がついてしまった。

 マークシートに一段ズレてチェックを入れていたのである。

 終了時間まで残り三分。

 それまでにすべてのチェックを訂正しなければならない。


 間に合うのか。


 いや、人生を左右するのだから間に合わせなければ困る。困るどころの話ではない。余裕を持って合格すると余裕綽々で受けた試験で、よもや落第するとは考えてもいなかった。


 だが今気づいたのは僥倖かもしれない。

 すぐに訂正だ。

 一段上にチェックを入れ直してから消しゴムを走らせる。

 そこに下のチェックを写してそちらも消す。

 この繰り返しに要する時間は三分で足りるのか。


 いや、悩んでいる時間はない。とにかくひたすらズレを修正していくしかないのだ。

 無様な受験失敗で人生を棒に振る気はさらさらない。

 マークシートに印刷されているチェック欄をこれほど恨めしく思ったことはない。


 書いては消し、書いては消しを繰り返す。

 今、何分経った。まだ一分にも満たなければよいのだが。

 とにかく無我夢中で修正を続けるしかない。


 この行為はさながら賽の河原で石を積み上げているかのような無力感さえ覚える。

 だが、人生を左右する受験だ。

 大一番での落第なんてことになったら、出世コースはすべて断たれたと思ったほうがいい。

 背筋に冷たい液体が流れ落ちている。冬に流す汗ではない。あまりの緊張に脂汗が噴き出しているのである。


 三分の一の欄は訂正し終えた。あと何分だ。まだ一分も経っていないことを祈りながら、次の一列にシャープペンシルを走らせた。


 おっ、ラッキー。同じ番号のチェックがあった。ここを飛ばして次の欄に挑んでいく。


 受験って、こんなにスリリングなものだったのだろうか。

 まるでタイマーがカウントダウンしている爆発物を解体しようとする爆発物処理班のような心境だ。


 おっ、三列目は同じ欄にチェックしている割合が多いな。これなら時間を短縮できる。

 いや、こういう安堵したときがいちばん危ない。

 惰性で変更したりしなかったりして自爆する確率が跳ね上がる。


 なんとか最後の列の終わりが見えてきた。

 残りはあと何秒だ。


 頼む。間に合ってくれ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

やらかした【KAC20241・書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』】 カイ.智水 @sstmix

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ