婚約破棄したのでバッファローで領地を破壊しました

秋犬

婚約破棄したのでバッファローで領地を破壊しました

「エレン! 貴様とは今日限りだ! 婚約破棄を言い渡す!」


 ズーラシアン王国のファント伯爵令嬢エレンは、王家主催の夜会にて婚約者であったハーテビースト公爵家の二男エルクから一方的に婚約破棄を言い渡された。


「まあ、なんてことをおっしゃるの! 私の何が不服と申すの!?」


 豊満な体をコルセットに押し込めたエレンはエルクに負けじと言い返す。


「そのような強気な女はボクの嫁にふさわしくない! 女はもっとこう、おしとやかで一歩下がってただ笑ってかわいいだけでいいんだ!」

「なんという時代錯誤の発言なのかしら! 今の世の中は女も社会の一員として自立するためにお料理お裁縫だけではなく経済の動向に隣国との政策の打ち合わせ、そしてバカな男を管理する法律を作るのに忙しいのよ!」

「黙れ! いけ好かないお喋り女が! ボクはお前のようなピーチクうるさい女をあてがわれて黙っている男じゃないぞ!」


 すると、エルクの隣で品を作っている女がエレンの前に立ちはだかる。女は目の周りを真っ黒に縁取り、真っ白なシルクのドレスを着て妖艶な笑みを浮かべていた。


「お黙りなさい、お喋りヒス女。今の世の中ヒスってるだけではうまくわたっていけないの。女はしたたかに、こういう自尊心さえくすぐればお金を持ってきてくれるバカを捕まえて適度に生きていくのが賢いのよ。賢しらに私はすごいですなんて言ってる女ほどバカの一つ覚えのバカでしかないんだから」


 一方的に悪口を並べ立てられたエレンは顔を真っ赤にする。


「だ、誰がお喋りヒス女ですって!? あんたこそ一体誰よ!!」

「私はお隣のシェンマオ国よりこのズーラシアン王国のバカどもを矯正しに来たシェンシャンよ。手始めに見た目も態度もデカいアンタも意識改革をするべきね。私たちの同盟に入ることをお勧めするわ」


 シェンシャンの尊大な態度に加えて気にしている体型を指摘され、エレンは激怒した。


「な、な、な、なんですって!? この目だけ真っ黒の見た目だけで男を寄せる中身空っぽのぶりっ子が!!」

「なんとでもおっしゃい、時代錯誤のデカぶつどもが。今に我らの一頭一路の前にひれ伏すのよ。大体あんたみたいなデッカイ女が幅きかせてるからこの国はよくならないのよ。私がシェンマオ国からこのズーラシアン王国に入った暁には、あんたみたいな女でもコルセットがいらない体型にしてあげるわ、まずは菜食中心の生活をなさったらいかが?」

「何が一頭一路よ、みんなバカみたいな真っ黒メイクにしてシナつくってりゃ男に養ってもらえると思ってる女のなんというバカみたいなこと!! あんたみたいな脳みそ空っぽ女が女全体の価値を下げるのよ!!」


 ぎゃーぎゃー言い争いを始めた2人を前に、エルクは小さくなる。


「君たち、ボクはバカで決定なのかい!?」


 すると異様な剣幕で女2人はエルクに吐き捨てる。


「あんたは黙ってなさい! このいざというとき役立たず野郎!」

「バカな男はあっちでママのおっぱいでももらってなさい!」


「そ、そんなに言わなくてもいいじゃないかよおお……」


 ついにエルクは泣きだしてしまった。そして夜会の最中であることを忘れて女2人は取っ組み合いを始めた。


「このパープリン天然記念物!」

「なによ顔面ごつごつ岩山マウンテン!」

「やるの!?」

「やるわよ!!」


 するとエレンは一歩引いて、シェンシャンに言い渡す。


「わかったわ、時間と場所を変えて決着をつけましょう。場所はハーテビースト公爵の別荘よ、あそこなら広大で被害はでないわ」

「望むところよ、見た目で損してる女さん」

「何ですって!?」

「それではごきげんよう」


 シェンシャンはそう言うとシルクのドレスを翻し、窓をぶち割ると夜の闇に消えていった。


「ボクの別荘を一体どうするって言うんだよう……」


 いきなり始まった女の決闘にエルクは泣き崩れた。


***


 約束の日、エレンはやってきたシェンシャンを見てほくそ笑んだ。


「来たようね、庇護されないと生きていけない白黒女」

「来てやったわよ、でかいことしか取り柄のない岩山女」


 ぐぬぬと睨み合う女2人を前に、ことの元凶のエルクは何とかことを取り繕おうとした。


「ね、ね、ここは穏便に話し合いってことにはならないかな」


「なるわけないでしょバカ!」

「大体なんでこんな女と付き合おうと思ったの!!??」


 エレンの追求にエルクは目をそらす。


「え、だって、美人じゃんシェンシャンちゃん……」


 その答えにエレンは無言でエルクをぶん殴る。エルクはそのまま野に倒れ伏した。


「さて、やるわよ」

「望むところよ、岩女」

「何よこの尻軽」

「行き遅れ」

「そもそも私の婚約者をアンタが寝取ったんでしょ」

「やーいNTR! サレ女!」

「黙ってればいい気になってこの口だけアバズレ!」

「一言も黙ってないでしょ、この顔面凶器!」


 シェンシャンは一歩下がると、懐から笛を出して高らかに吹き鳴らした。


「さあ来なさい、この日のために集めたヒグマ軍団!」


 すると、シェンシャンの背後からヒグマの群れが現れた。グリズリーやシロクマが混ざっていて、かなり多国籍のようだった。


「こっちだって負けてないわ、行くわよアフリカゾウ軍団!」


 エレンの背後から現れたのはアフリカゾウばかりであった。さすがにインドゾウは見当たらない。


「どっちが上位に立つべきか教えてあげる」

「あんたみたいないけ好かない女は黙って踏みつぶされなさい!!」


 それぞれの戦いが始まった。ヒグマはチームプレイでゾウに挑む。ゾウはその圧倒的なパワーでヒグマの各個撃破を図る。投げ飛ばされたヒグマが領地に降り注ぎ、傷ついたゾウの流した血が領地を染めた。


 互角の勝負を続けるヒグマとゾウが睨み合っていると、遠くから轟音が聞こえてきた。


 それはアメリカバイソンとアフリカスイギュウを中心とした群れだった。よく見るとインドスイギュウやヌーにガゼル、シマウマなども混じっている。


「お前ら、人の領地でナニやってんだあああああ!!」


 軍団の真ん中にいたのはエルクだった。


「なによ、やるってのバカ男が!!」

「うるせええええ! どんなに理屈つけて喚こうがなあああ!!!」


 襲い掛かるバッファローたちにヒグマもゾウも善戦したが、数の多さには敵わない。その体躯で何度も突撃され続けたヒグマとゾウはそれぞれしっぽを丸めて逃げていった。


「数が正義なんだよ、わかったか口だけ女どもが」


 自前の軍団をつぶされて、エレンとシェンシャンは真っ青になった。


「うちの領地めちゃくちゃにしやがって、お前もお前も婚約破棄! もうボクは結婚しない! ついでに国王に掛け合ってお前ら2人国外追放! どこにでも行って啓蒙でも剃毛でもしてやがれ!」


 そう言い残すと、エルクはスイギュウに乗って去っていった。


「……私たち、なんで戦っていたのかしら」

「さあ、全く覚えていないわ」


 エレンとシェンシャンは顔を見合わせ、そして互いに手を差し出す。


「あなたのゾウ、なかなかやるじゃない」

「あなたのクマさんも、強かったと思うわ」


 ハーテビースト公爵家の領地に日が落ちていく。真っ赤な夕日が2人の女の絆を一層強くする。


 まもなくこの2人は本当に国外追放に処された。シェンマオ国にも帰れなくなったシェンシャンと勘当されたエレンは各地を旅しながら女の価値を高めたり高めなかったり、一人の男をめぐって寝たり寝取られたりするのはまた別の話である。


≪了≫

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