第43話 一方的

「ありゃりゃ、そんな怖い顔で睨んでこないでください~。いくらキイでも、一度に五人を相手するのはキツいんですよ~?」


 とは言いつつ、言葉と口調が一致しない。グラクリのストーリーや、この前会った時と同じ、形だけの丁寧語を軽く吐くスタイルだ。表情もいたって自然であり、緊張を隠している様子もない。本人的はラフに構えているのだろう。


「待ってくださいレオナさん、あの人を知ってるんですか? もしかしてお知り合いとか……」


 フウカはすかさず、私とキイの関係性について指摘する。確かに、突如現れた敵を、何のためらいもなく名指しで呼べるのは不自然だもんな。ここは『レオナがP.R.I.S.M.プリズムであること』を伏せつつ、簡単に説明しておくか。


 ええと、超巨大モンスター襲撃事件で負傷した私を治療し、すぐ戦線に復帰させた……これだけ聞くと味方にすら思えてくるな。実際は『組織内で争っている』らしいが。


「説明しづらいんだけど、私は一度コイツに窮地を救ってもらった……」


「キイとレオナさんは、この世界を作り変える『P.R.I.S.M.』って集団に所属してます~。それなのにこの人ときたら、記憶喪失になったせいで冒険者になっちゃって。しかもパーティーの一員にまで! 目的を完全に忘れちゃってるのがねぇ~……」


 私の主張をかき消すように、キイは『獅子座ししざのレオナ』についての説明をこんこんと始めていく。ゲームではまだ明かされていなかった、P.R.I.S.M.の真の目的……『敵同士』なのは、私とキイだけではなかったようだ。


 そんな彼女の言葉と同時に、四方向から一斉に視線を受ける。

 分かってる、みんなの気持ちは痛いほど分かるよ……だけど私だってP.R.I.S.M.全体の方針を聞いたのは初めてだし、言い分そのものに納得はいっていない。


「――大丈夫ですよ。みんなの味方で、ちゃんとイリーゼパーティーの一員ですから」


 疑念を払拭するように、ゆっくりと。自己暗示の意味も込めて、四人に向けて訴えかける。私をいち早く信じてくれたのは、やはりリーダーであるイリーゼたんだった。


「もち。あーしがいる限り、レオナはどこにも行かせないから!」


 ちゃちな精神攻撃なんて私たちに効くわけがない。だって、そんな『転生する前』の事実は証明しようがないのだから。そりゃあ時間を操作できる一現性能力ワンオフや監視カメラのような役割を持つものがあれば話は別だが、そんなヤツがいるなら、キイが既にここに呼んでいるはずだ。


「なんか眩しいですね~。まあキイとレオナさんは別チームなんで、倒すべき存在であることには変わらないんですけど。順番が少しズレただけですね~」


 自身の『ブースト』によほど自信があるのか、キイは眉一つ動かさず拳を固めて戦闘態勢に入る。いよいよP.R.I.S.M.同士の直接対決が始まるわけだ。

 だけど大丈夫、私は既にイリーゼたんから『全員無事でクエストをやりきる』という指示を受けている。ひとまずコイツから町は守れるし、コイツに倒されることもない。


「随分と余裕そう~……さすがイエスマンといったところですかね。本当にズルいですよね、なんでもアリの一現性能力なんですもん。まあ、キイのブーストも結構やれるんですけど、ね~!」


 ついにブーストの本領発揮といわんばかりに、キイの姿が一瞬にして消える。おそらく『走力』を何倍にも増幅させ、目にも留まらぬ速さで移動していると思われる。それにしては風圧を一つも感じないので、単純にこちらに近づいているわけでもないようだ。


「どこにいったんですのー!?」


「アレがアイツの一現性能力だとしたら、町民は猛スピードで襲撃されたことになるわけですね。ほぼ見えない速さで強烈な一撃が飛んでくる。そりゃあベッドから起き上がれないでしょうね。ボクの『ナイト』でも、攻撃を防ぎきれるかどうか怪しいですよ……」


 そう、キイが力を増幅ブーストさせるのは『走力』だけではない。振り下ろす拳の『腕力』も数十倍、数百倍で飛んでくる!

 答え合わせをするかのように、まずは轟音と暴風が私たちに襲いかかる。防具の破片たちが空を舞い、確かな『痛み』が体に刻み込まれる。


「「「「「いっ……!」」」」」


 これでも最終的には『全員無事に帰れる』らしい。イエスマンの感覚は、どうも人間とはかけ離れているようだ。攻撃を食らった腹部に手を当ててみると、じんわりと濡れていて、横一文字に深い傷の感触がした。やがて手のひらが真っ赤に染まったことから、刃物で切りつけられたと推測できた。


「なんで直接殴って来ずに、刃物による手段をとったのでしょう?」


「おそらく、直接攻撃だとあの人自身もダメージを受けるのかと。自分たちに最大火力の攻撃を当てるとなると、その衝撃は凄まじいものとなるはずです。だから刃物を使った……」


 それがブーストの長所であり短所というわけか。しかし負傷をすぐに治せるほどの応用が効くのに、なぜ直接殴ってこない? 私たちを悩ませるための作戦か?


「どちらにせよ、ナイトでの防具はまるで意味を成しません! フウカ、スライムをみんなの周りに纏わせて!」


 硬い防具を突き破ってくるのなら、今度は柔らかさ抜群のスライムでどうだ。いくら猛スピードで切り裂いてこようとも、逆にスライムで包み込んでしまえば封殺が可能だ。


「分かりました! では、スラ……」


「はいはいさせませんよ~!」


 再び姿を現したキイは、フウカの構える杖をがっしりと握り、そして真っ二つに折る。一現性能力を使えなくなったフウカを待ち構えていたのは、一方的な蹂躙だった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る