第2話 最推しなんです

 まさか、最推しのイリーゼたんの真横を歩ける日が来るなんてー!


 俺みたいなオタクなら誰もは一度は夢見た、推しキャラとの一緒の時間。いくら妄想の世界とはいえ、ここまで五感がリアルに刺激されているなら、それはもう『生きている』のと変わらないんじゃないか? わぁっ、こっち向いてくれた……イリーゼたんの髪、いい匂い……。


「こっちばっか向いて、あーしの顔になんかついてる?」


「ふえぇっ!? いやっ、別に何も……! 多分見間違いれすっ……!」


「そっかー! あーしにバチバチ見とれるのもいいけど、ちゃんと前見て歩きな? さすがに危ないよー?」


 ああイリーゼたん、こんなキショい言いわけをした俺にも優しくしてくれる……。なんでこんなに天使なの? 俺の見た目がなぜか女の子だから?

 天使の言うことを聞かないわけにはいかない。しばらくの間、イリーゼたんを目に焼きつけられないのはもどかしいけど、ちゃんと前を向いて歩くとしよう。

 おっ、この辺りって春のイベントでお花見してた所にそっくりじゃん……。


 ――って、そうじゃなくて! なんで妄想の世界なのに、こんなに生きているみたいなんだ?

 じゃあ仮に俺が本当にイリーゼたんと同じ世界を生きて、同じ景色を見ているのだとだとしたら……俺は死んだと同時に、!?


「えぇ、嘘だろ!? 本当にグラクリに!?」


「うわびっくりしたー! 今度は急になに!?」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! まだ記憶が曖昧でー!」


 ついひとりごとが口に出てしまった、そして困惑するイリーゼたんもかわいい……。またまた脱線したので、気を取り直して状況を整理しよう。

 とりあえず、俺はグラクリの世界に転生したものとする。そう考えると、俺の体が女の子になった理由にも一応説明がつくんだよな……。


 オタクの気持ちに寄り添ってかは知らないけど、グラクリはゲーム内で女の子しか登場していない。男キャラの匂わせは一切ないし、怪しいと思っていた描写は全て『王子様系の女の子』によるものだった。

 だから転生する時に、男の体から、かわいい女の子になっちゃった……みたいな? ありえない話だろうけど、そもそも転生すること自体がありえないんだ。もうなんでもアリなんだろう。


「ところでさー、なんであーしのことを『イリーゼたん』って呼ぶの? その『たん』はどこからきたー!? って感じだよー!」


 そんな感じで転生についてぼんやりと考えていると、生前では毎日のように聞いていた、イリーゼたんのキュートな声が耳に届く。

 こんな俺に質問してくれてる、肝心の内容はすごい心をえぐってくるけど……。


「ええと、それはですねぇ……」


 ――この場合、どんな理由を述べるのが正解なんだ?


 当然、グラクリ内でこんなバカみたいな選択肢は一度も出てこない。いや出てきてたまるか。

 じゃなくて本当にどうしよう、正直に『イリーゼ・リルファバレルたんが最推しなんです!』とか言うべきか? さすがにキショすぎ? 『たん』づけの時点でキショいのに、キショいの上塗り?


「……答えたくなかったら、別にムリして答えなくていいよ。キミにはキミなりの事情があるんだろうし。でも、本当は正直な気持ちを答えてほしかったなー、なんて……」


 転がっていた小さな石を蹴りながら、イリーゼたんは悲しげな表情を浮かべる。

 おい何やってんだ俺、イリーゼたんの困り顔や怒り顔はご褒美でも、悲しい顔だけはさせちゃダメだろ! 最推しが『正直に答えろ』って言ってるんだ、だったらえないわけにはいかないだろ……!


「……たんが」


「おっ、なになに!?」


「俺……私は! あなたが、イリーゼ・リルファバレルたんが! 心の底から大好きなんです! あなたのことが大好きで、あなたのことを最も……バチバチに推しているんですっ……!」


 ――言い切った、言い切ってしまった。最推しに『最推しなんです』って。

 前世でも誰かに告白したことないのに。初めてを最推しに、しかも女の子同士の状態で!

 顔が熱い、冷や汗が止まらない、脚に力が入らない。今度こそ死んでしまいそう……!


「わお、まさかの熱烈な告白! でも、さっきも言った通り、あーしには女の子の趣味はないんだよねー……気持ちは本当に嬉しいんだけどね!」


 フラれた、今度はちゃんと思いを伝えた上でフラれた。

 やっぱり正直に言わない方がよかったよね、この先気まずすぎるって!


「ごめんなさい、今言ったのは全部忘れてください!」


「ううん! キミからの気持ちは嬉しいんだから、キミが謝る必要なんてないんだよ! ……そういえば、まだキミの名前って聞いてなかったねー。どう、思い出せる?」


 思い出すっていうか、そもそもこの体について何も知らないんだよな……。男だった体がグラクリの仕様で『女の子になった』って感じなら、この世界における名前はのか?


「イマイチ思い出せないみたいだねー。じゃあキミの推し? であるあーしが名づけちゃおー! うーん……たった今、バチバチきたヤツなんだけど……『レオナ』とか、どう?」


 ――レオナ。イリーゼたんが俺のために名づけてくれた、この世界での新たな名前……。最推しが頭をバチバチさせて考えてくれた、


「……はい! 私は今からレオナです! この名前をつけてくれたイリーゼたんのためだけに、私はどこまでもついていきます……!」


「もしかして、これが『推される』ってことなのかなー……? なんだか分かんないけど、とりあえず悪い気はしなーい! だからもっとバチバチについてきて、なんならあーしの!」


「パーティー……ぱ、ぱぱぱ、パァァァァティィィィ!?」


 グラクリの世界に転生したら最推しに会えただけじゃなくて、パーティーにまで勧誘されたんだけど!? 俺って……この先一体どうなっていくんだー!?

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