諸国漫遊記【KAC20241・書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』】

カイ.智水

諸国漫遊記

 越後のちりめん問屋一行には三分以内にやらなければならないことがあった。


 悪代官の配下の侍が屋敷の庭へ次々と現れては抜刀し身構える。彼らを三分以内にねじ伏せなければならないのだ。


 戦いが始まる前に三つ葉葵の印籠を見せればその場で終わる話なのだが、それでは時代劇の醍醐味である殺陣が見せられないといわれてはいる。だからあえて三分間、刀や拳で敵の侍を倒しまくらなければならないのである。


 そもそも越後のちりめん問屋は儲かっているのだろうか。ご隠居が諸国を漫遊するくらいには儲かっているのだろう。

 ではその資金をどこから調達しているのか。意外と悪代官を成敗したときに報奨金が出ているのかもしれない。

 まあ下級役人に知られるのは身分がバレやすいので注意しなければならないが、上級役人や藩主相手なら先の副将軍であることを知られてもよいのだろう。

 となれば、諸国漫遊の資金は世直しをしたご褒美としてその藩から支出されているとみてよいのかもしれない。



 翌週の今頃に話は転じる。


「しかし、ご隠居。こうも毎週誰かと戦っているなんて、面倒じゃありませんか」

 ご隠居の旅の供である八兵衛が口を開く。確かに毎週戦うなんて非効率このうえない。


「八よ、だから半年しか諸国を渡り歩かないのではないか。半年しか全国行脚をしないのだから、半年はなにもせず水戸藩で安穏と暮らしていればよいのだ」


 確かにご隠居は半年しか藩の外に出ない。カメラとやらに映らない半年の間はごくごく平凡な暮らしをしているだけだ。

 そしてなぜか半年後に思い立ったように諸国を渡り歩こうと決意する。


「しかしですね、ご隠居。どうせ半年の間に毎週戦い続けるのなら、危険がなくなるようすぐに印籠を出せばいいじゃないですか。俺、いつも現地の人と隅っこに隠れているだけだからまだいいけど、助さんと格さんが可哀想ですよ。いや、いちばんかわいそうなのは弥七親分に斬り殺されるお侍たちか。助さんと格さんは剣や拳で殺さずに倒しているけど、弥七親分は小刀で斬りまくっていますよね。であれば、やはり相手も峰打ちされたり殴り飛ばされたりするほうがいいって考えているんでしょうかね」


「八よ、世の中そう簡単には進まぬものよ。いつカメラが向けられるかわからないから、侍たちは三分間でたった一瞬でもいいから全国に放送されたがっておるのじゃ」


 その言葉に八兵衛はどうにも理解できなかった。

「カメラとか放送とかっていつも聞きますけど、いったいなんのことですか。お侍たちは誰かに見られるために俺たちを襲ってくるってことですか。なんか割に合わないよなあ」

「まあスポンサーが視聴率にこだわるから、戦うシーンを省くわけにはいかんのじゃよ」

 ご隠居はさも当然という表情で淡々と語っている。


「スポンサーねえ。じゃあ俺たちが戦っている三分間で皆に喜んでもらいたいってことですか。それで毎週戦わされるこちらの身になってほしいですね、ご隠居」


 すると突然助さん格さんとご隠居が立ち止まった。


「どうしたんですか。って、まさかここで三分間が始まるんですか」


 今日もまた、魔の三分間が訪れる。

 生き残ることはすでに決定してはいるものの、こうも戦いの場に駆り出されると割に合わないと思う八兵衛であった。




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