(KAC20241+作品)「天才こども博士の本日の実験」

猫寝

第1話 天才こども博士(9歳)と助手(28歳成人男性)

「と言うことで、北アメリカへやって来たぞ助手!」

「……一切説明なしからの「と言うことで」はもはや言語を操る資格が無いですね天才こども博士」

 北アメリカの広大な乾いた大地を見渡す丘の上に居るのは、白衣を着た身長100cm程の頭部と同じくらいの大きなお団子ヘアーが特徴的な少女と、身長180cm以上はあるであろう長身のがっちりした体格の、こちらも白衣を着た成人男性の二人。

「助手よ……こうは考えられないか……? 説明など無くても感じ取れないお前が悪い、とな!!」

「考えられる人間を連れてきてください。存在するならな!」

「存在するぞ、それがこの私……天才こども博士だ!」

「……何回聞いてもそれ自分で名乗るのクソダセェっすね」

「なにおぅ!!めちゃかっこいいだろ!!」

 天才こども博士……そのあまりにストレートすぎるネーミングは、決して大げさなものではない。

 事実この少女は人類史に名を遺すほどの天才であり、7歳の時に日本国内のみで集められる素材を使い、今までの物よりも高性能な半導体を作り出すという偉業をやってのけた。

 それにより世界中の半導体不足がほぼ解消されることになり、莫大な富を生み出したのだが、当の本人はその権利を新進気鋭の半導体メーカーに貸与すると、その利益で次から次へと様々な研究と実験を繰り返し、100均に置かれるようなちょっとした便利雑貨からエネルギー問題を解消する新しい電力の生み出し方まで多岐にわたる発明を世に送り出し、誰が呼んだか「天才こども博士」の名は世界に轟いたのだ。

 そして本人もいたくその呼び名が気に入って、自分の一人称として用いるだけでなく、助手にもそう呼べと強制するありさまなのだった。

「はいはい、んで、天才こども博士。今日は何の実験ですか?」

 あきれた様子で助手がつぶやく。

 天才こども博士はその財力に物を言わせて、思いついた大規模な実験を次から次へとやらずにはいられない、という大変面倒な癖(へき)を持ち合わせていて、それに毎度付き合わされる助手は何度も酷い目にあっている。

 今日もわざわざ北アメリカまで来たという事は何かしらの実験に違いないと、ため息を吐いてしまうのも仕方ないことだろう。

「うむ、今日はあれだ!!」

 実験であることは当然とばかりに意気揚々と天才こども博士が指を刺したのは、バッファローの群れだった。

 遠目で見てもその雄々しく筋骨隆々で、そして想像よりも大きなその体躯は、圧力と恐怖、そして力強さを感じさせた。

「はぁー、アレが本場のバッファローですか。さすがに迫力ありますねぇ。……で、バッファローをどうするので?」

「本場のバッファローのパワーというのは凄いと聞く、とくに群れで突っ込んできたときはもう止めようもないのだとか」

「ああ、そうらしいですね」

「なので、そのパワーを利用して発電出来ないかと思うのだ。自然のパワーを電気に変える。これぞ真のエコであろう?」

 どうやら今日はわりとまともなことを言っているぞ?と助手が安心しかけたその時だった。


「ということで助手。この発電服を着て、ちょっとバッファローの群れに撥ねられてくれまいか?」


「………………死ぬが?」


 聞きたいことはいろいろあるが、まず重要なのは死ぬということだ。

「大丈夫だ、助手はしっかり保険に入っているし、保険金の受取人は天才こども博士になっている」

「大丈夫の要素が一つもない……!!そもそも、なんで服なんですか!?布で出来るならなんかシートみたいに地面に敷いてその上を走ったら発電するみたいな仕組みに出来なかったんですか?」

「その発想は無かった。服一択だった。助手に着せる事しか考えてなかった」

「効率、って言葉知ってます?」

「効率は良いぞ。なにせバッファローのアタック一回でティファールの瞬間湯沸かし器が一回使えるからな」

「命と引き換えに一瞬で湯を沸かすな……!」

「一人の命を使うだけで温かいお湯が手に入るならそれは充分等価ではないのかね?」

「人の命が軽いの、ある意味天才っぽいけど!!」

 あまりにも不毛な会話に助手の脳が沸騰しそうになっていると、あっという間に発電服を着せられていた。

「手際の良さ……!」

「この服は、衝撃を受けると人間の体に流れている微弱な電気を増幅して、腰のところにあるバッテリーに電気が溜まる仕組みになってるんだ。バッテリーは頑丈に作られていて壊れないから安心だぞ!」

「聞いてもいない説明をされましたが、バッテリーよりも助手の命を心配してください」

「何の為に体の頑丈さを助手の募集要項の一番大事な項目にしたと思ってるんだ!!!!!!」

「急にキレた!こどもらしい理不尽さ!」

 こうなったらもうやるしかないのは理解している助手だが、さすがに命は惜しい。

「安心しろ、なんだかんだ天才こども博士だってみすみす助手を殺すような真似はしない」

「天才こども博士……!人の心が残ってた……!」

「また求人出すのも面倒だしな」

「凄く現実的な話だった」

「ほら、これを飲め。天才こども博士が天才的な頭脳で開発した、『超凄いパワー出る出る薬』だ」

「とても子供らしいネーミングで安心すると同時に怖さがありますね。どういう効果なんですか?」

「超凄いパワーが出る!」

「聞いた僕がバカでした」

 言いながらも、あっさりそれを飲む助手。彼もまた、長年の実験でいろいろ麻痺しているのだ。

「……おお、凄い。力が溢れてきます!!これならバッファローも受け止められそうだ!!」

「それは良かった。非合法だから警察には捕まるかもだけど」

「……その時は財力で何とかしてくださいね?」

 ぐっ!と親指を立てる天才こども博士。

 じゃあよし!と安心する助手。

 クレイジーコンビである。

「あとは、これをかぶれ」

「なんですかこれ、フルフェイスのヘルメット?」

「特注品でな、特殊素材で頭部を守ると同時に、天才こども博士からの指示も聞こえる通信機能付きだ」

「なるほど、頭さえ守れば死なないですもんね」

「その通りだ」

 なぜか二人の脳内から、心臓の存在が消えている気がするが、気にしないことにしよう。

「よし、では行け助手!」

「よっしゃやったらぁーー!!来いやバッファロー!!」


 バッファローに近づいていくと、ヘルメットのついでにいつの間にか装着させれていた赤いマントに反応して、一頭のバッファローがダッシュで助手に突っ込む!

「この超パワーで、バッファローを受け止めて見せ ごばぁ!!!!」

 綺麗に吹き飛ばされた。

 薬でパワーアップしようと所詮は人間。野生動物の持つパワーには勝てるはずもないのだ。

 しかしその様子と、手元のタブレットを同時に見て満足げな天才こども博士。

「良いぞ助手。しっかり電力が溜まってる!熱いコーヒーが飲めるぞ!」

「こんなことしなくても飲める!」

 ごもっとも過ぎるツッコミを放ちつつも吹き飛ばされて宙を舞う助手。

 そして落下直前に別のバッファローの突進で再び宙に浮く助手。

 それを連続で繰り返すバッファローと助手。

 全てを破壊しつつ進むバッファローの群れが、破壊ではなく電力を生み出した歴史的な瞬間である。

 破壊から創造へ、である。

 しかし、それを繰り返してるうちに天才こども博士は懸念を口にする。

「おい助手大変だ」

「もうすでにですけど!?」

 バッファローに吹き飛ばされつつも会話が出来る助手の頑丈さ恐るべしである。

 およそ研究の助手には必要なさそうな、体の頑丈さという募集要項をパスしただけのことはある。

「衝撃で発生した電気をバッテリーに溜めてることは話したよな?そのバッテリーがもうすぐいっぱいになる」

「実験終了ってことですか!?」

「いっぱいになると、溜めきれなくなった電力が漏れ出て、人体に流れる」

「欠陥すぎる構造!!」

「ちょっとビリビリするけど気にするな」

「ちょっとってどのくらいですか!?」

「バラエティ番組の罰ゲームで使われるビリビリ椅子くらいだ」

「くらったことないから解らないけど痛そう!!あっ、今なんか来た!!ビリっと来た!!痺れた!うぎゃあバッファロー!!痺れた!うぎゃあ!痺れた!!うぎゃあうぎゃあうぎゃあ痺れた!痺れたうぎゃあ痺れたうぎゃああぎゃあ痺れた痺れた痺れた、からのうぎゃあ!!うぎゃあうぎゃあからの痺れた!!痺れて痺れてうぎゃあ!!そしてうぎゃあ!!うぎゃあからの痺れた!!うぎゃぎゃぎゃしびびびびうぎゃしびれ!うぎゃあうぎゃあ痺れた!!うぎゃあのち痺れた!」


 彼の叫びは、バッファローの群れが通り過ぎるまで続いたという……。



「おーい助手、生きてるかー」

「ギリギリ……生きてます……!」

 北アフリカの乾いた大地にボロボロで横たわる助手を覗き込みつつ、バッテリーを回収する天才こども博士。

「おお、このバッテリーまだ使えるぞ。頑丈だ」

「……兵士の死体漁って金になるものを探してる戦場の子供みたいな流れやめません……?」

「まあまあ、よく無事だったな。ほらこれを飲め」

「何か、傷が治る発明品とかですか……?」

「レッドブルだ」

「……この状況で翼を授かったとしたら、それは天に昇るってことでは?」

 そうツッコミを残して、助手は意識を失った。



 次に目を覚ました時には、病院のベッドの上だった。

「おう、目覚めたか助手」

 ベッド横の椅子に座っていた天才こども博士が声をかける。

「……博士、目が覚めるまで傍にいてくれたんですか?」

 外を見ると、どうやら朝焼けのような空が見える。

 あれから何時間経ったのかと考えると、少しだけ胸が熱くなる助手。

「いや、たまたまさっき起きた」

 天才こども博士は感情を隠すのが上手いので、それが本当か嘘かは助手には判断できなかったが、寄り添っててくれたのだと思うことにする。

 そう思わないとやってられないので。

「ほら、お前が生み出した電気で沸かしたお湯で作ったコーヒーだ。飲むか?」

「いや、さすがに今は……ところで博士、今回の実験は結局、成功だったんですか?失敗だったんですか?」

「うーーーーん……まあ半々だな。成功とも言えるし、失敗とも言える」

「……僕が言うのもアレですけど、電気は確かに作れたのだから成功なのでは?」

「そうだが、丈夫な助手でもここまで怪我をするとなると、世界のエネルギー不足を解消するには人間が足りないからな」

「……それはやる前から分かっていたことでは……?」

 助手としてはいつものツッコミのつもりだったのだが、天才こども博士は突然シリアスな顔をして、窓から空を眺める。


「――――いいか助手よ、世の中にはな、「やる前からわかる事」なんて一つも無いんだ。確かに情報はある、けれどそれは自分以外の誰かがやった結果であって、天才こども博士が自らやった結果ではない。

 ……覚えておけ、全ての実験は、自分でやってみて結果を確認するところから始まるんだ」


 そこには、天才こども博士の発明家としての矜持が存在していた。

 ああ、こういう人だからこそ、世界に名をとどろかせる存在になれたのだ……そして自分はそれを手伝っているのだ……そんな、誇りのようなものが助手の胸の中に生まれた瞬間でもあった。


「よし、助手。次の実験は大蛇だ。巻きつかれた時の力を熱エネルギーに変換する服をだな……」

「……死ぬが?」


 こうして、二人の実験の日々は続いていくのだった。

 助手の命が尽きるその時まで――――



「大丈夫だ!死んだらアンドロイドにしてやる!」

「……じゃあよし!!」


 永遠(とわ)に続け、ネバークレイジーストーリー。

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(KAC20241+作品)「天才こども博士の本日の実験」 猫寝 @byousin

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