4.1 ヴェヒター、或いはオフチャクと云うもの
4.1.1 復帰任務
「アパートメント建設現場の内部に六、周囲に三。……協力者からの情報よりも多いですね」
「そのようだな」
第二区画の地図を見ながら、ギュンター・アルデンホフが記憶の中のいつもの調子で報告してきた。
イビガ・フリーデ帝都支部が管轄する帝都には、大きく分けて七つの区画があった。シェスト教の大聖堂があり、ケモノの目撃情報があった第二区画もその内の一つで、帝都が帝国の首都になる前から存在する一般居住区画である。
目撃情報と言っても、ケモノは誰にでも見えるわけではなく、
そして、浄眼の中でも死に近しい者だけが、シクロ或いはPBといった異能を行使することができ、とりわけ、ヘーゼルカラー、
つまり、協力者から寄せられた目撃情報は、僕らというかスヴァンテたちのようなヴェヒターとは感度が違うためのずれというものが、往々にして起こるものだった。
そういう事情もあって、接敵前にオイレン・アウゲンで数を確認することが、任務を遂行する上で非常に重要なのである。だが、残念ながら僕のオイレン・アウゲンはまだ本調子とはいかないようで、目標地点まで半径二百メートルまで近づいていてもなお、察知できた数が、先程のギュンター・アルデンホフの観測よりも少ない結果となってしまった。全て視認でも良いのではないかと思うこともあるが、向こうに気取られずに数と位置を把握できることは、それだけで有利になる。イビガ・フリーデもそういう意図でオイレン・アウゲンを重視しているのだろう。
「先輩、そろそろ準備して下さい」
「……何を?」
「あー……シクロです」
そう言ってギュンターは高低の入り混じった機械合成のような声を発する。
「飛べ、ゲルベ・リベレ」
言うが早いか、仄かに黄色に発光する多面体が次々と空間に浮かび上がっては、きびきびと寄り集まって形を成していき、遂には長さ二メートルほどの槍になった。その刃は左右に枝分かれしており、日本でいうところの十字槍に近い。
後輩が見本を見せてくれたのだから、僕も失敗するわけにはいかない。
「あ、もしかして出し方を忘れちゃったんですか? ほら、なんだったかな。確か、命を捧げよ、マルター、って言ってました」
確かにスヴァンテはそのように言っていた記憶があるが、今は違うのだ。
このままもたもたしていると、このギュンター君は気を利かせて色々なことを言い出しかねない。まずはコホンと咳を一つ。次いで深呼吸をして感情を殺し、静かに声を出す。
「滅せよ、リィンカーネイション」
この僕の声も機械音声のように聞こえているのだろうか。自分の耳ではよく分からないが、銀、あるいは木炭にも似た仄かに光る暗い灰色の多面体が踊ると、両手にはしっかりと細い剣と回転式拳銃が握られていた。
「……それもそうですね」
ギュンターは瞬時に理解したようで、先程までとは違い、感情を出さずにこれに反応した。
ゲルベ・リベレを顕現させた時点で、すでにそのようになっていたのかも知れないが、少なくとも僕は今そう思った。
「さて、外に三、中に六。どう攻めようか」
「外の、……こっちから見て反対側をうろうろしている一は俺、手前の二は先輩にお任せして、中はそれぞれ成り行きでいきましょう」
「どうして復帰したての僕の方が多いんだ?」
「武器の特性に見合った作戦です。その拳銃なら六か八までは立て続けに撃てますよね?」
「確かにその通りだ」
実際にはその通りではないのだが、僕は暫く実戦から離れていた身である。ここは、ギュンターの意見を取り入れた方が良い結果になるだろう。
「じゃあ、俺が反対側に到着したら、先輩の前に一瞬だけブリッツを出しますので、それを攻撃開始の合図にします」
「分かった」
建設中のアパートメントまで、残り百メートルほど。ケモノはまだこちらに気付いていない。元より一部の例外を除いてケモノの行動範囲は狭く、特定のエリアにいることを好む傾向にあるという。今回の場合は〝アパートメントの建設現場〟というエリアになるだろうか。だから、気付いていても敵意を向けてこないだけかも知れないが、お陰で余裕をもって配置につくことができる。
接敵まで距離およそ五十メートル。敵は相変わらずこちらを見ない。
ダクトから蒸気を吐き出す建物の角に隠れ、軽くケモノに照星を合わせつつ、ギュンターからの合図を待つ。
合図に使うと言っていたブリッツもPBの一つであり、浄眼とケモノにのみ視える光を出現させるだけのものである。残念ながらケモノを浄化できるようなものではなく、専ら合図を出すためだけに使われるものだ。
それを離れた場所に出現させるとなると、かなりの訓練を要したはずだが、ルーキーとは言えないがベテランとも言えないギュンターに、それが出来ただろうかとスヴァンテの記憶を当たるも、それらしきものは出てこない。
途端に悪い予感が僕の身を包むと、果たして眩い閃光が起こったのは、アパートメントの中心だった。中の何体かが慌てたように外に飛び出し、元々外にいたケモノとともに、何事かと様子を窺うように硬直している。
チャンスだ。
拳銃には不慣れだが、訓練では動かない標的であればほぼ当たるようになっている。
角から体を出し、左腕を前に出して照星を最も手前の一体に合わせて、先ずは一つ。
そのまま体の向きを変えて、二つ目。
音も無く打ち出された銃弾が、やはり無音のままに二体のケモノを霧散させた。
残りは四体。一体が異変に気付き、こちらを見る。
僕は悠然と歩きながら照星を合わせ、引き金を引いた。
三つ。
残る三体も流石に僕に気が付いた。一体はその場でとどまり、前傾姿勢で浄眼にしか聞こえない唸り声を鳴らしている。残り二体はこちらを見ながら、軽い足取りで左右に別れ、僕を中心に弧を描き始めた。
建設現場の中からは、物音が鳴りやまない。
僕は右足を左に踏み出し、スモールソードを振り下ろすと、また一体が冷えた空気に溶けた。
何も闇雲に剣を振り回したわけではない。視えたのだ。そこからケモノが襲ってくるイメージが。
素晴らしい。
僕を中心とした半径二百メートルほどの球、その中にいるケモノの動きが手に取るように分かる。
見える、とも言えるかもしれないが、視界とは別の領域が脳に展開され、視覚情報と並列で処理されている、そんな不思議な感覚だった。
そして僕は前に大きく踏み出して身を翻し、つい先ほどまで自分がいた場所を剣で横に薙ぎ、更に切り上げた。
五つ。
六つ。
境界の曖昧な黒いものが、細かい霧となって夜に消える。
向こうの物音もそれからじきに止み、僕の復帰後初任務は難なく終わった。
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