4.0.5 ギュンター

 シクロもプライモーディアル・ブレッシング――PBも、イメージによるものである。

 エリーヌさんの指導によって、細剣と拳銃のシクロ〝リィンカーネイション〟、ケモノ狩りに必要不可欠なPBのオイレン・アウゲン、それともう一つの基礎的かつ重要なPBである〝滅獣の箱〟ナハト・ルーエを発現することに成功した僕は、イメージを定着させようと懸命に訓練を続けた。

 スヴァンテの記憶曰く、武器なのだから毎回形が異なるのでは、役に立たないだろう、ということである。

 確かに、咄嗟に発現させたスモールソードの長さが、常より短いものであれば、使いこなす前にやられてしまうだろう。拳銃の銃身が前を向いていなければ、その弾丸は思いもよらぬところに飛んでいってしまうだろう。オイレン・アウゲンの境界が定まらなければ、ケモノの接近を察知できないかも知れず、ナハト・ルーエの箱が不完全であれば、そこからケモノが逃げ出してしまう。

 だから、何度も何度も立体的にそれらをイメージし続け、発現させることを繰り返したのだ。お陰で時間を見つけて顔を出してくれたエリーヌさんからは「新兵どもと同じ程度にはなったな」と褒めてもらうことも出来た。



 *  *  *



「おう、スヴァン。お前、随分と回復したみたいじゃないか。エリーヌが珍しく嬉しそうにしてたぞ」


 一週間ほどで基礎が十全にできるまでにリハビリが進んだ僕は、こうしてクライトン支部長に呼び出されていた。

 その特異性ゆえに慢性的に人手不足である秘密の機関なのだから、この先のセリフは僕にでも簡単に予想できる。間違いなく「お前、現場に復帰しろ」だ。


「そろそろ現場に復帰して貰いたいんだが、体調はどうだ?」


 そうだった。口とガラは悪いが、部下のことは常に気にかけている。ウェズリー・クライトンはそういう男だった。


「体調は問題ありませんが、PBが万全とは言い難い状態です。新兵に与える程度の任務でしたら問題ありません」


 出世欲の旺盛なビジネスマンであれば、全く問題ありませんなどと嘘を吐き、虚勢を張るところではあるが、イビガ・フリーデはヒトの命に関わる任務を遂行している組織である。怪我や病気を抱えているにもかかわらず、虚偽の報告をして出動すれば、新たなケモノ被害を生み出しかねず、こういうときは隠してはならないと、誰かは忘れてしまったが新人の頃に口酸っぱく言われたものである。


「なら、問題ねえな。お前にやって欲しい任務がある。細かいことはロザリーの嬢ちゃんから聞いてくれ」

「分かりました。今回のパートナーは誰でしょうか?」

「アルデンホフだ」

「助かります」

「分かったらとっとと行け。俺は昼寝で忙しいんだよ」


 クライトン支部長は、厄介払いするように手をしっしっと振った。



 *  *  *



「――今回の任務について説明します。場所は帝都第二区画。ここから西におよそ一キロメートル付近の住宅が密集する地域にて、協力者がイヌ型と思われる少数のケモノを確認。今夜半にも討伐をお願いします。パートナーはギュンター・アルデンホフ。なお、あちらにはクライトン支部長から説明がなされる予定です。何かご質問は?」


 きりりとして、いかにも仕事ができそうな佇まいで話すこの女性が、支部長の言うロザリーの嬢ちゃんこと、ジェイニー・ロザリーである。

 身長は僕より少し低いくらいで、茶色のふんわりとしたショートヘアーが実によく似合っている、一言で言えば可憐な女性であった。そんな彼女もイビガ・フリーデ帝都支部、というよりは大きなシェスト教帝都大聖堂に三人しかいない調整係兼事務員オペレーターであるからして、下手に手を出せばお歴々から有形無形を問わず、様々な指導が行われることになると、スヴァンテの記憶が語っている。


「質問は……ないな」

「説明は以上です。ご武運を」


 ブリーフィングルームで簡素な説明を受けた僕は、ベーテル先生から言われた日課のトレーニングをこなしていたが、さて、任務となれば仕事着に着替えなければならない。今はズボンとバンドカラーのシャツの上から、正面と両袖に紺碧のラインが入った白地の麻のローブを纏っている。僕が知る限りでは、三百年以上前からほぼ変わっていないデザインであり、背中にはサークル状に配置された六柱神のご神紋が当然のように描かれているものである。その当時と変わっている箇所といえば、大きく書かれていた【シェスト教】の文字がなくなっていることぐらいだろうか。

 そのシェスト教の聖職者然としたローブを、すでに定住しているとも言っていい病室で脱ぎ捨て、チャコールグレイのスリーピースのスーツを纏う。最後に同色のフェドラハットを頭に被れば、ヴェヒターの出来上がりである。

 そうして鏡で出来上がりを確認するに、やはり鼻梁を横切る大きな傷跡が目立った。これはスヴァンテがヴェヒターとして活動し始めてじき、油断からケモノに付けられたものであり、後にスカーフェイスという二つ名のきっかけにもなったものだった。

 鏡を見るたび、彼は気を引き締めていたに違いない。今の僕と同じように。

 だが、この帽子は今の僕には気が散る。今日は久しぶりの実戦なのだから、被らないことにして、そっと箱に戻した。


「あ、先輩! 準備出来ましたか!」


 そんなことをしている間に、同じスーツを着用した男が呑気な声で話しかけてきた。今回の任務で同行することになったギュンター・アルデンホフである。どういう理由かは分からないが、スヴァンテはこの五つ下の後輩に随分と好かれていたようで、スヴァンテも彼をギュンター君と呼んで弟のように可愛がっては、よく二人でお酒を吞みに行っていたと記憶にある。

 だが、このギュンターは妻帯者で、まだよちよち歩きの子供もいるのだ。お酒を呑みに行った日の翌日は大抵、細君に怒られて気落ちした様子で大聖堂に来るのだから、ほどほどに嗜めばよいと思うのだが、どうもこの男はスヴァンテと一緒にいると気が大きくなるのか、或いは、甘えているのか、ついつい酒が進んでしまうようだった。もちろん、記憶の中の話なので、僕が相手では調子が合わないことも予想されるところではあるが。


「やあ、ギュンター君、遅かったじゃないか。今日は頼らせてもらうよ」


 できるだけスヴァンテがギュンターに対するときの喋り方に近づけてみたのだが、彼が違和感を持たないか心配ではある。何せ、中身がスヴァンテではないのだ。「このケモノめ!」などと早合点されて、シクロで瞬時に殺される可能性だってあるだろう。シクロを出さずとも、彼の方が十センチほど身長も高く、立派な体格をしているのだから、素手でもどうなるか分からない。


「任せて下さい! 先輩の分も俺が狩りますから!」


 どうも僕の心配は杞憂だったようで、ギュンター君はやはりギュンター君だった。もしかしたら新兵よりも役に立たない僕からしてみれば、焦げ茶の瞳を輝かせ、鼻息を荒くしている彼は実に頼もしい限りである。


「ああ、よろしく頼むよ」

「はい! 早速、目撃地点に行きましょう!」


 そう言って、僕らは大聖堂を出発し、コツコツと音を立てて市街地を歩く。

 空はもうしっかり暗く、ケモノの時間になっていた。

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