第23話

 駐車場には、商店街の店が開くには少し早い時間帯だったこともあって、ポツポツとしか車は停まっていなかったが、その中の一台にオレの目は釘付けになった。


 大学に入ってすぐに、ありったけの貯金と大学入学の際に頂いた祝金を注ぎ込んで買った大好きだった車を見つけてしまったからである。しかも色まで同じであり、オレは、佐伯を置き去りにして、その赤いローバーミニ1000に駆け寄った。


 これを運転して、オレは東京から帰って来た。その道中のことは今でも夢をみるぐらいだった。とにかくいつ故障するかとヒヤヒヤしながら高速道路を駆った。また足回りが硬いのもあって、やたらと尻が痛かったのを憶えている。


 アパートが決まってすぐに故障してしまって、その後は修理する金もなく駐車場に置きっぱなしになっていたが、一生乗り続けるつもりでいた。


 結局、親父に見つかって、売り払われてしまったのだけれど……。


 「どうぞ乗って下さい」


 佐伯は既にローバーミニの運転席におり、手を伸ばしてロックピンを上げた。


 「えっ! これ、佐伯さんの車ですか?」


 「そうですよ。どうぞ」


 佐伯から促されるようにローバーミニの助手席に乗り込むとその独特の臭いに懐かしさが込み上げてきた。内装もオレが乗っていたローバーミニと殆ど同じだった。目頭が熱くなる。ただオレが乗っていたローバーミニとはエンジン音が少しだけ違った。個体差なのかもしれない。


 「これ使って下さい」


 佐伯に渡されたのは低反発のクッションだった。


 車が出発して、なるほど納得の座り心地だった。当時は低反発クッションなど無く、普通の綿クッションを使っていたが、これなら長距離を運転してもお尻は痛くならなそうだった。


 「懐かしいですか?」


 オレが車の中を舐めるように見ていたからか、佐伯にそんなことを言われた。考えてみると、少し不躾だったかもしれない。


 「あっ、すいません」


 「いえいえ、大丈夫ですよ」


 車内では、佐伯がいろいろ話していたが、内容は全く憶えていない。ただ「なるほどですね!」「そうなんですか!」と繰り返していた気がする。聞いている振りをするのは昔から得意だった。当然、家族やモンチには、まったく通用しないのだけれど……。


 車は海沿いを走っていた。この先にある式場と言えば、一つしかなくモンチの会社が契約している式場だった。オレも何度か配達で訪れたことがあった。


 街の中心からは少し離れていたが、すぐ近くに私鉄の駅があり、利便性は悪くなかった。


 敷地はそれほど広くなかったが、披露宴会場を中心として、その東側には、カラフルな花が咲く花壇と鮮やかな芝生が植え込まれていた。その中央にはレンガの道があって、その先に真っ白い壁の教会がある。


 また西側はそれとは突如趣きが変わり、細い竹で遮られたその奥へと進むと、小さな象牙色の鳥居が見えて来る。砂利を敷き詰められた道の端々には竹や松が植えられ、金細工を荘厳に施した社殿が姿を現すのだった。


 この式場は、客のニーズに合わせ、和洋どちらでもお好みの結婚式が挙げられるようになっている。良く言えば便利な、シニカルな言い方をすれば、都合が良すぎる式場である。


 佐伯は楽しそうに手を広げ、結婚式や披露宴のプランをオレに向かって話していたが、オレが気になるのは、やはり赤いローバーミニ1000の方だった。

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