第22話

 創業者である曾祖父、そして祖父の頃『武田生花店』だった店名は、親父の代で『フラワーショップ・タケダ』となり、会社名が『(株)グリーンガレージ』になった。


 その切っ掛けとなったのが、実はモンチだったりする。


 最初は、モンチが今のブライダルの会社に転職して一年程立った頃のことだ。結婚式を初プロデュースすることになったモンチは『タイタンビスカス』という花を仕入れられないかと相談してきたのだ。


 それまでに珍しい種類の花を注文されることがなかったわけでもなかった。ご近所にいつもサイケデリックな服を着た派手なおじさんがいるのだが、フラワーアレンジメントとも、華道ともまた違った花や植物の芸術的可能性を模索しているとのことで、いつも聞いたこともないような花の注文をしてくるのだ。


 「観れば、君にも判る」と執拗に誘われて、一度だけお宅にお邪魔したこともあった。


 雑然としたアトリエと呼ばれるスペースには、錆びた古いバイクの至る所にカラフルな花が刺してあるものや、葉と蔓で魔改造された扇風機など、奇妙なモノが所狭しと並べてあった。


 「でもね、ボクはコレに勝る美しいものを未だ造り出せずにいるんだよ」


 と見せられたのが、コ○・コーラの空き缶に赤いバラが一本刺してあるだけのものだった。


 ボタニカル&トラッシュと言う独自の芸術なのだそうだ。廃棄物と植物の融合が世界の平和に繋がるとのことである。


 だから「是非に」と手を取って協力を仰がれたが、「市場に回らない花は断れ」と親父に一蹴された。


 それなのに親父は、モンチのその相談を「俺に任せろ」と言わんばかりに請け負ったのだった。


 そして業務そっち退けで『タイタンビスカス』のことを調べ上げ、ついには関西にある生産農場に辿り着き、モンチの初プロデュースに文字通り花を添えたのである。


 その後もモンチは面倒臭い注文をよくした。時には花屋とは畑違いな相談もあったが、モンチに限り、親父は二つ返事で請け負い、同じ商店街の仲間である看板屋や工芸屋とも連携を取るようになった。挙句の果てには、あまり日本にないような珍しい観葉植物を市場を通さず直接輸入するまでに至った。


 結婚式やパーティで特にたくさん花を使うというのもあったが、ホテル内に支店を構えるようになったのも、モンチのオーダーに対応しやすくするための結果のようなものだった。


 そしてモンチの要望に応え続けている内に、街の花屋は、結局、会社になったのである。


 親父はなぜかやたらとモンチを気に入っていた。親父だけでなく、母や妹もであるが……。


 生前の親父は、事ある毎に「サヤちゃんと結婚しろ」と言っていたが……。残念ながらそのリクエストには応えることが出来なくなってしまったようだ。




 佐伯のお陰で朝の仕事が早々に片付いたこともあって、午後から予定していた式場視察を前倒しにして出掛けることになった。


 どこへ行くかは聞かされていなかったが、結婚式をする場所だということもあり、少し暑かったが、ジャケットだけは羽織った。


 移動は佐伯の車を使うとのことで、佐伯と並んで、商店街の裏手にあるパーキングへ歩く。一応、有料にはなっていたが、二時間以内であればタダである。


 商店街の前の道は、車がやっとすれ違える程しかなく、以前から商店関係者外の車両はご遠慮頂く旨の看板を出していたが、渋滞している大通りと並行しているのもあって、通勤時に裏道として使う小賢しいヤツがいた。


 朝などは、どこの店も商品を搬入したり、商店街に住む子供たちの通学路になっていたのもあって、危なくて仕方なかった。


 ただ法的な拘束力はなく、ただ困ることしか出来なかったが、つい最近になって漸く商店組合の訴えが実り、交通規制されることになった。朝だけ警察が立っている。


 その時に客足が減らぬよう、商店街の裏手にある空地を市から借り受けて駐車場にしたのである。その土地は以前、色街だったとのことだが、オレが生れるよりずっと昔の話だ。

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