竹の中にも君はいない

齊藤 涼(saito ryo)

かぐや

竹の中にも君はいない


い草の蒼い匂い

丁寧に磨かれた縁側

眼前に広がる竹林

風に揺れる笹の葉

陽光が柔らかに影を落とす

ここに彼女がいてくれれば

なんの憂いもないだろうに


翁に茶を勧められた

媼が懐かしそうに茶器を傾ける

琥珀色の液体が椀を満たした

彼女が最後に飲んだ薬草茶

映り込む草臥れた男

夢ならば覚めて欲しい


姫は月に還ったのだろう

兎も共に逝ったのか

胸に空いた穴から心が滴り

執心が痛みを発し零れ落ちる

燻った愛情が焦げ付き

火傷のように熱を持つ


裏切った君が心底憎い

共に在ろうと誓ったのに

燕の番が空を切る

碌に動かない体を傾けた

臓腑から漏れる熟れた臭気

思考の片隅に電撃が走る

文から漂う姫君の秘め事


終焉を隠すためならば

騙すことも厭わず

消え去る道を選んだのか

決断の揺らめき

伝える程の信頼も得られず

自らでさえ穢らわしい


庭先に谷間の姫百合が咲き誇る

茶碗が散り散りに砕けた

指先に力が入らない

重い瞼に目を擦る

心地良い眠気

甘美な蜜の香りが鼻腔を擽った


頬を撫でる華奢な指

耳元で囁く優しい声色

満月に照らされる天女の姿

白兎が傅き尺八が響く

慈愛に満ち微笑みかける

あぁ彼女が迎えに来てくれた


「私も月へと呼んでくれるのか」

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竹の中にも君はいない 齊藤 涼(saito ryo) @saitoryo

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