同僚を幸せにしたい男の地道すぎる努力と決意

 遼一りょういちは、二つばかり年下の高臣たかおみが好きである。中学生になろうという頃、少しの間だけ公園で過ごした時から好きだ。

 ――それから二十年。再会した彼は、すっかり遼一のことなど忘れていた。

 遼一は自分が何かをこじらせてしまっているのを、ちゃんと自覚していた。だが、子供の頃の決意――彼を幸せにしてみせる――だけは、第三者から「頭がおかしい」と言われても譲る気はなかった。


「今日は何食べる?」

「そうだなぁ……この前、健康をコンセプトにした変わった居酒屋ができたっていうから、そこにしないか?」

「健康がコンセプト? 面白そうだな」


 子供の時代に出会ったのと変わらぬ無邪気な笑みを向けられ、遼一はむず痒い気分を覚えながら事前にリサーチしておいた飲食店を提案する。今日の夕飯はその店で決まりそうだ。

 よし、また大切な一歩が踏み出せた。来週は、ついに告白だぞ。遼一は心の中で自分を励ました。




 入社してきた彼を見た瞬間、運命を感じたのは本当だ。

 だが、遼一のことをなに一つ覚えていない様子の高臣を見て、己の気持ちを伝える予定は無期限延期になった。急に距離を詰めようとすれば逃げられてしまうだろうという予感がした。

 まずは、顔を合わせている時間を増やす。人間は、コミュニティを形成して集団活動する生き物だ。一緒に過ごす時間が長ければ長いだけ、嫌われるようなことをしたりしない限り、勝手に好感度が上がっていく。

 それは種を存続させる上での大事な要素であるからして、高臣にも備わっているだろう。

 遼一はそれに賭けた。地道な努力の始まりだった。


 時には、ライバル研究だ、市場研究だ、などと言って休日にBLゲームを一緒にプレイしたりもした。遼一は高臣が好きなだけで、職業的にBLを嗜んでいる程度だが高臣は典型的な腐男子だった。彼はゲームのキャラを見ては「俺の好み!」と騒いだり「やべ、このカップリング好き……ライバル会社の作品だけど推したい……っ」などキャッキャしていて楽しそうだ。

 お前の方が可愛い、と何度言いたくなったことか。遼一は全て我慢した。


 休日の付き合いに慣れ始めた頃、遼一は勇気を出してゲームの誘いではなく、ショッピングの誘いを仕掛けた。高臣は二つ返事で承諾してくれた。彼にはそんな気持ちはないが、これはデートだ。遼一は暴走しないように、と自分に言い聞かせた。

 そうして、普通の友人のように買い物を楽しみ、解散する。初回はまずまずだ。遼一は少しずつ高臣の生活に侵出していくことに成功していた。次第に、それは買い物だけではなく、行楽地などにも行けるようになっていく。


 普通、特定の相手とだけこれほど頻繁に出かければ、違和感を覚え始めても良いものだ。だが、高臣は幸か不幸か自分のそういったことには無頓着だった。彼の頭の中は、常に男性同士のあれこれやそういったゲームでいっぱいだった。

 残念ながら、遼一は全く彼に意識されていなかった。三六五日の内、三百日以上一緒にいるのに、である。

 高臣と再会してから一年が経過した時から、遼一は長丁場を覚悟していた。




 ――だが、それにも限度がある。いつの間にか、再開してから五年が経っていた。

 高臣は恐ろしい男だ。遼一が高臣の親友というポジションを勝ち取ってから三年が経っていた。

 このままでは、永遠に前へ進めないのではないか。そう気が付いたのは、高臣の口から「婚活した方が良いのかな?」という言葉が吐き出された瞬間だった。

 遼一は素知らぬ顔で「え? それを年上の俺に言う? 別に、自分が幸せなら結婚なんてどうでも良いんじゃないかって思うけどな」などと返したが、気が気ではなかった。


 もし、彼が婚活を始めてしまったら。自分の恋愛事に関しては鈍感すぎるこの男は、きっと特にどうでも良い“ちょうどよさそう”な女性とすぐに結婚してしまうだろう。そして、持ち前の明るさで幸せな家庭を築いてしまうだろう。

 自分の手で高臣を幸せにしたい。自分勝手なエゴであるのは百も承知だった。だが、遼一は今さらその気持ちを手放すことなどできやしない。


 もう、告白するしかない。今作っているゲームがひと段落したら、絶対に告白する。

 遼一は「そっか。じゃ、まだ婚活は良いや」などと宣う高臣に笑いかけながら、ひっそりと決意するのだった。

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