王子様と護衛、覚悟を決める

 逆鱗が眩い光を放ったことによる大混乱が起きた。ヒューイのやけっぱちとも思える発言がこんな事態を引き起こすとは、アルバートも思っていなかった。

 ヒューイの発言を、そのまま実行に移したアルバートも悪い。悪ノリしてしまったことが最大の原因だった。

 だから、ヒューイを責める気はない。動揺のあまり逃げ出した彼には悪いが、今すぐ追いかける気もなかった。あのいたずらっ子には少し反省してもらおうと思う。


 さて、問題はブライアンである。アルバートは目の前で居心地悪そうにしている彼に視線を向ける。彼は、気まずそうな表情をしながらも、いつも通り丁寧な手つきで飲み物を用意している。

 じっとしているよりは気が紛れるとでも思っているのか、はたまた単純にいつもの癖か。アルバートには彼がどちらの理由でそうしているのか、分からない。


 ヒューイやジェスローのことは容易に想像つくのに、ブライアンとなると読み切れない。意外と目の前の男は思考が分かりにくいのだ。

 一通り観察をしたが、アルバートは彼が今考えているであろうことが読めなかった。


「ブライアン」

「――悪かった。俺は、てっきりヒューイが本命だと……」


 すうっと視線を逸らしてアルバートを見つめないようにするブライアン。不自然な動きから、彼の動揺が分かる。その動揺はもっともである。確かに、アルバートの本命はヒューイなのだから。

 本命だからこそ、彼をパートナーにしたくないという気持ちもある。ヒューイは、アルバートを恋愛対象として見ていない。ヒューイの気持ちを無視してまで、彼と結ばれる気持ちにはなれなかった。

 それに、王宮の権力バランス的にも良くない。あくまでも、アルバートは一国を運営する為に存在する人間なのだから。


 アルバートの想像通り、逆鱗はアルバート以上に冷静な判断を下した。政略的なものがあるとはいえ、パートナーにしても良いと思える程度には親しく、そして他者の上に立つ者としての素養がある人物。

 逆鱗はアルバート自身が不幸にならず、かつ、王配として相応しい人物を選んだのだ。


「君は、私の伴侶になる覚悟はあるか?」

「……今、腹を括ろうとしているところだ」

「私たちには、この結婚でメリットがいくつかある」

「戦略的な意味で、な」

「やはり理解しているか」


 当たり前だ、と言うブライアンは自分が王配となることでのメリット、ヒューイの幸せを願い、その為に二人が共に行動をするという点に関わるメリットについて、持論を展開し始めた。


「だがな、俺は……この手でヒューイを幸せにしてやりたかったんだ……っ」

「同意だ。私も、このような生まれでなければ、もう少し積極的に動いたものを」


 ブライアンの憤りはもっともだ。アルバートだって王子として生まれなければ、ここまで悩まずとも良かったに違いない。

 しかし、そんなことを考えたところで時間の無駄である。


「せっかく俺が、じわじわと囲いこもうと水面下で動いてたのに、邪魔しやがって。お前の突拍子もない行動のせいで、全部台無しだ」

「そうなのか? 明らかに出遅れていたように思えるが」

「悠長すぎたことは、認める……」


 ブライアンの悔しがる様子に突っ込むと、彼はムスッとして口を閉じた。自覚はあるらしい。

 年上らしさが感じられない彼の姿に、思わずアルバートは小さく笑みを漏らす。


「それで、覚悟はできたか?」

「お前の隣に立つ覚悟か?」

「そうだ」


 アルバートの同意に、ブライアンはふ、と笑う。それが何を意味するのかを探ろうとすれば、すぐに答えが示される。


「とっくの昔にその覚悟だけはできてるんだなぁ……何せ、俺はお前の護衛だからな」


 正確にはお前の前を歩く覚悟だが、とつけ足すブライアンはアルバートが見たことのない、穏やかでいて野性みのある表情をしていた。孤高の虎がふと気をゆるめたかのような表情であった。


「共にこの国を担う仲間として、最強の組み合わせになろう」

「当たり前だ。で、ついでにヒューイの幸せな日常のサポートをしていこうな」

「もちろんだとも」


 未来は明るい。予想外の展開ではあるが、悪くはない。覚悟が決まった二人の表情は、どこか楽しげであった。

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