第25話

 それから1週間が過ぎようとしていたが、ラディの体調はまだ元に戻らなかった。そのことにいちばんいらだっていたのは、ラディ自身だっただろう。ディープのいろいろな試みも効果がなく、どうすることもできなかった。

 今回の航海では最初から当直を免除されているモーリスと、ラディが外れた今、あとの3人で船のあらゆる日常業務をどうにかこなしていた。


 船は、惑星ヘルマに近づきつつあった。行方不明のスペースランナー号が調査に向かった星である。

「ラディは?」

 格納庫横の準備室で、フライトスーツに着替え、ヘルメットを小脇に抱えたグラントが、ディープに尋ねた。

「今は眠ってるよ」

「それじゃ、今のうちだね」

 ディープはうなずいた。

 船を着陸させる前の、飛行艇での事前偵察メンバーは、いつもであればラディとステフだったが、今回はラディの代わりにグラントが行くことにした。ラディが反対するのは明らかだったので、彼が気づかないうちに出発する予定だった。


 ステフは副操縦席で最終チェックを済ませ、エンジンをアイドリングさせて、グラントを待った。そこへ、突然、誰かが飛び乗ってきて、操縦桿を握った。

「ラディ!」

 ラディは何も言わずに、飛行艇をフルパワーで発進させた。急加速で生じた強いGに、ステフはシートに押し付けられ、視界がブラックアウトした。

 それはあっという間の出来事だった。

 格納庫のハッチが開いたことに気がついたときには、既に遅く、艇の姿はあっという間に宇宙空間へ消えていった。


 そこへころがるような勢いで駆け込んできたモーリスを、グラントが受けとめた。

「モーリス!そんなに走ったりしたら…」ダメだと言いかけたディープをさえぎって、

「ラディなんだ!僕…、止めようと…したんだけど」

 肩で息をして、途切れ途切れに言うモーリスを、グラントが片手を上げて制した。

「モーリス、もういいから…」

 ディープは通信機のスイッチを叩きつけるような勢いで入れた。

「ラディ!ラディ!聞こえているんだろう!?応答しろ!」

「…聞こえてるよ」

 ややあって返答があった。


 モーリスは胸を押さえ、どうにか息をしようと喘いでいた。

(苦し…息が…。ラディ…)


「ラディ、どういうつもりなんだ!君は病人なんだから、戻って来いよ!」

「—病人?」フッと小さく息を吐いた次の瞬間、ラディの怒りを込めた冷たい声が響いた。「心の病だとでもいいたいのか!?」

 ディープが言葉を失うと、ラディは続けた。

「ディープ。船にはグラントとモーリスが残った方がいい。そしてモーリスには君が必要だ。僕とステフが行けばいいんだよ。僕達に何かあったとしても、船は何の支障もなく飛べるじゃないか」

 ラディがそこまで言ったとき、モーリスがグラントの支える腕をふりきって、通信機の前に割り込んだ。

「そんな、そんなのわからないよ!ラディ!!」

 それだけ言うと、彼の身体は床に崩れた。


「モーリス!」

 通信機を通してディープの緊迫した声が聞こえた。

「ごめん、モーリス」

 ラディは通信機のスイッチをオフにした。


 操縦室で、グラントはスクリーンの星々を見ていた。入ってくる人の気配に、組んでいた腕をほどいて、彼はふりかえった。

「モーリスは…」言いかけたグラントの気遣うような視線を感じ、ディープは自分の乱れたままの襟元に気がついた。

「大丈夫?」

「うん…今、やっと眠った」服を直しながら答える。「モーリスがあんなふうに取り乱すなんて…」

 モーリスをなだめて落ち着かせるのに、時間がかかったのだ。

「モーリスはラディの言葉が納得できなかったんだろう」

「そうだと思う」


 *


(……!!)ディープは不意にモーリスに襟元をつかまれた。

「ねえ、どうしてっ?!…ラディはあんなこと…どういうつもりで?!」

 肩で息をしながら訴えるモーリスに

「モーリス。手を離して。これじゃ、何もできない」

 彼は首を振って、手を離そうとしなかった。

「嫌だ…僕のために誰かを踏みつけにするなんて、そんなこと…」

 その目に涙が滲んでいた。

「モーリス」ディープはモーリスの肩を大きく揺すった。「僕は君を無理矢理に眠らせることもできる。でも、そんなことさせないでくれ」

「……!」モーリスの手が緩んだ。

「ふたりが戻るまで、少し休もう?」

「…うん」

「気持ちが落ち着いて眠れる薬だよ」

 モーリスは渡された薬を素直に服用して、ようやく目を閉じた。


 *


(無茶だよ、ラディ)

 ディープはかすかなため息をついた。

「ラディとステフ、無事に戻ってくるといいんだけどな」

 グラントが言った。ディープもそのとき、同じことを願っていた。


 



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