第24話
混雑した旅客船、それも名ばかりで、貨物船を急遽改造した代物にすぎなかったのだが、避難する人々を詰め込んだその片隅に、ラディは両親と一緒になんとか座る場所を確保していた。
それにしても、なんて足の遅い船だろうか。空気の循環が悪く、船内の濁った空気に頭が痛くなりそうだった。
突然、爆発音と衝撃が襲い、船内は真っ暗になった。あちこちで悲鳴があがる。船が大きく傾いて投げ出されたラディは、壁に頭を強くぶつけて、痛みを感じる間もなく、気を失った。
(…まぶしい)
差し込む光のまぶしさに、彼は意識を取り戻した。手をかざし、目を細め、身体を起こそうとしたとき、身動きできないことに気がついた。
「……!!」
身体がしっかりと安全ベルトで固定されていた。
(これは…!?)
人間ひとりがようやく横になれるだけの狭いスペース。点滅している小さな赤いランプは、救難信号が自動発信されていることを示している。
(そんな、まさか…!?)
おそらく誰かが、いや、きっと両親が、ラディを救助カプセルに入れて送り出したに違いなかった。
「ああっ!!」
そのときカプセルが反転し、小さな窓の限られた視界の中で、その光景を彼は目の当たりにした。
墜落していく宇宙船。先程までラディの乗っていたはずの船が、目の前を堕ちていく。その窓から、一瞬、船内の様子が見える。
——炎の中を逃げまどう人々。聞こえるはずのない悲鳴。
カプセルは流されて、どんどん離れていく。
無数のカプセルがあたりに散らばって、光を反射してきらめいていたが、その中に彼の両親はいなかった。
*
(……!!)
ラディはベッドの中で目を開いた。
(ああ、夢…)
身体を起こし、両手で顔をおおって、そのまましばらく動くことができなかった。
ラディの中に焼きつけられているその一瞬の光景が、ときおり思い出されては、彼を苦しめた。今まで何度もそうだった。
「ディープに…やられたな」
かすかに苦笑してつぶやくと、ラディは上着を肩に部屋を出た。
その頃、ステフとモーリスのふたりは、キッチンで慣れない食事の準備に手間取っていた。ラディの代わりをクジで決めたところ、このふたりに当たったのだ。
「当たりというよりハズレだよね」
ステフが言った。
「だから、クジは嫌だって言ったのに。この前だって、こんなの食べ物とは思えないとかなんとか、あとで散々ラディに嫌味を言われたんだから!」
モーリスがぼやく。
「そういえば、モーリスはこの前もそうだったよね。モーリスって、クジ運悪いんだね」
「ステフに言われたくない!」
ふたりにはとうていラディのような、簡易食をそれらしく見せられるような才能はなかった。
「ステフ、何か焦げ臭い…と思うんだけど」
モーリスがその匂いに気がついた。
「え?ああっ!」
温度設定を誤ったらしく、レンジにはとても食べ物とは思えない残骸があった。
「あーあ」
ふたりはため息をついて、顔を見合わせた。
「ラディに見つかったら、また怒られる…」
モーリスがそう言ったとき、
「まったくもう見てられないね」
その声にふたりは同時にふりかえった。
「ラディ!」
入口に寄りかかって、ラディは一部始終を見ていたらしい。
「ふたりとも、どうしてこんな簡単なことができないんだろう」
あきれた口調だった。
「そんな、黙って見ているなんてひどいよ」
「誰かさんはまた食材をムダにするしね」
モーリスの抗議は封じ込められてしまった。
「ほら、狭いんだから、ふたりとも出て出て!」
ラディはふたりをキッチンの中から追い出すと、手慣れた様子で食事の準備にとりかかった。
「ラディ!部屋にいないと思ったら!」
そこへ、ディープが入ってきた。
「僕が、いつ、起きていいっていった?」
「ディープ。このふたりに任せていたら、まともな食事に…」
ふいにラディの言葉が途切れ、手が止まった。スッと入ってきたディープが、ラディの背後から手を伸ばして、額に触れていた。
「熱、まだ下がらないじゃないか」
ラディはふりむいて、その手をふりほどいた。彼は冗談のうちに済ませたかったのだが、台無しになりつつあった。ラディの瞳が危険な光を帯びる。
「薬でさがるような熱ならいいんだけどね。ディープだってわかっているんだろう?だから—」
(だから、薬で眠らせたっていいたいのか!?)
顔色を変えたディープが口を開くより早く、
「あ、ハイハイ、ちゃんと寝ますよ。ドクター」
『ドクター』と揶揄するように必要以上に力を込めて、ラディは言った。
「もっとも、今の自分には、ベッドはひとつの苦痛だけどね」
眠りの中にあらわれる悪夢がラディを苦しめた。
「ラディ!!」
ラディのあとを追いかけて、ディープも出ていった。
何も言えず、息をつめるようにしていたモーリスとステフは、ようやく大きく息をついた。
そのとき、レンジのブザーが鳴ったので、ふたりは驚いて飛び上がりそうになった。
先程ラディが調理していた食事ができあがっていた。
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