第35話 男は勝手よね?邦さん

目を丸くして一葉の流暢な語り聞かせを聞き終わった邦は「まあ、先生、い、いや、姉さん、どうしましょう、あたしにこんな候文なんて、書けっこありませんのに…あとでバレたら。そ、それにその、さ、桜人というのはいったい何なんです?」と有難くはあったがあまりの教養溢れる美文に恐れ入って、顔を赤くしながら聞く。「ほほほ、これは〝島つ田〟という名の催馬楽です。夫の帰りを強要する内容だからちょうどいいと思って。なに、あとのことなど気にしなさるな。責任を取ろうとしない男が悪いのです。手紙などどうでも…だって邦さん、懐妊なさってるんでしょう?それならどうにでもして相手に責任取らせなきゃね」と云うのに「そうなんですよ。ここ2,3ヶ月おりものがなくって。事のあとで始末をしなかったのはあの男の時だけで…あれ、すいません。はしたない話をしてしまって」「いいえ、どうぞ、そのまま続けて」「そうですか?」針仕事を黙々と続ける邦子に恐縮しながら「それと云うのもあの男が私を必ず見受けするって、固く固く約束したもんだから…私もその気になって…所帯道具やら何やら揃え始めましたのに…」と云ってわずかに涙ぐむ。一葉は邦の膝に手を置いて「勝手よね、ほんとに男は。私にも覚えがあるから…まあ、いいわよ、もしこれで返事がなかったらまたその時はその時でなんとかしましょ。ね?邦さん」そう云って一葉は半紙をクルクルと巻きそれを短く切った縫い仕事用の糸で結んで邦に渡す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る