エリザート「どうもおかしい」

 どうもおかしい。


 何度考えても、どうもおかしいので、朝の出来事を振り返る。


 朝も朝から、何ならワンちゃん夜から、カジノのイベ日の如く、私は彼の通学路で待ち伏せていた。


 目的は一緒に登校するため。体中からラブビームが止まらなくなった私は、プロポーズが待ち遠しく『会えれば良いなあ、会いたいなあ』と逸りに逸ったのだ。


 それに焦りもあった。


 私は仮にも大貴族。彼の素性を知らず婚約しては、我が家を没落させることに繋がりかねない。そういう意図で調べ始めて、大きな問題が露見した。彼は、ナツ・スワンとかいう小娘と同居しているというのである。


 私は22歳。人生百年計画で言えば、そこそこに若いが、貴族令嬢として独身22はそこそこの年増。結婚適齢期の美少女相手に危機感を抱くのも当然だ。


 そういうわけで、今すぐ結婚せねば、と意気込んで待っていたわけである。


 ここまではいい。何らおかしいところはない。


 問題はこの後。


 彼は私にプロポーズをしてこなかったのである。


 おかしい。どうもおかしい。


 彼は昨日の様子を見る限り、私に好意……こ、こここ好意を抱いていた。


 現に、『お美しいその容姿に、高潔な性格。ああ、貴方のような方と結ばれたいと心の底から思いました』と思い出しても腰が砕ける甘い言葉を口にしている。


 にも関わらず、朝の登校では終始、普通の会話に留まっていた。


 それはそれで、私の乙女心を満たし溢れさせるほどに充実した時間ではあったが、プロポーズを期待していた私としては拍子抜けだった。


 ただまあ、ここもいい。どうもおかしいが、ここもいい。


 私だって、沸を切らして、逆プロポーズをしようと思ったが出来なかった。恋愛経験ゼロの私の恋愛年齢は、学園の中等部二年、略して中二くらい。逆プロポーズなど、恥ずかしくて出来なかったのだ。


 きっと彼も、何らかの理由でプロポーズをすることが出来なかったに違いない。例えば、登校中にいきなりプロポーズするとかヤバい奴だよな、絶対振られるどころか引かれる、と考えたりだとか。


 だからいい。だからいいのだけれど、どうもおかしい。


『来週、入学者の懇親のために夜会が開かれるんだよ。美味しいものを食べたり、誘ったパートナーとダンスをする、そんな催しさ』


『えっとそれって、誰を誘ってもいいのですか?』


『ああ! もちろんだとも!』


『なるほど、いいこと聞きました! ありがとうございます! 学校についたので、また!』


『うん。仕方ないなあ、私が一緒に……え?』


 ……え? である。まごうことなき、……え? である。


 もう一度昨日の台詞を思い出す。


『お美しいその容姿に、高潔な性格。ああ、貴方のような方と結ばれたいと心の底から思いました』


 確かに彼はそう言った。それは間違いない。


 なのに私を誘わなかった。


 おかしい、どうもおかしい。


 だが、まあここもわかる。心で誘うことを決めていても、話を聞いてすぐに誘えば軽いと思われてしまう。そういう意図で、一旦、その場で誘わなかったとか、その場で誘わなかった理由はいくらでも思いつく。


 だからいい。ここもいい。


 問題はこの後。


「あんた、ステップが雑いのよ!!」


「ここは大きいステップのほうが動きを出せるんだよ」


 放課後の中庭で金髪美少女と踊るメカブくんの姿……。


 おかしい。どうもおかしい。

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