Act.11~Last Story~

「「こんにちわー」」

「この時間に来るのは珍しいね」

「もう報道のせいで仕事が出来なくて…」

「休暇を余儀なくされました。ところで咲はいますか?」

「残念ながら、今日はお休みなんだ。それに咲ちゃんはバー要員だから昼から出勤するのは土日ぐらいだよ。何か用事でもあったかな?連絡だけなら取れるけど…」

「いえ!休みなら仕方ないです」

「そうかい、とりあえず注文は日替わりでよいかな」


 平日の昼過ぎ。普段では訪れるはずのない遥と愛梨はバル・ハイドの扉を開けた。二人は連日の報道やマスメディア対応で休暇を余儀なくされていた。平日のランチタイムに来店するのは稀な二人。夜とは違う雰囲気を醸し出す店内に感動をしている。だがバータイムに来ることが多い二人はいつもの癖でカウンター席に座り、マスターと話を弾ませた。同時に遥は咲の所在をマスターに確認をする。しかし休みだと言われ諦める。マスターが注文の確認をすると二人は元気に返事をした。

 夕方。護の父親との対談を終えた咲はスマートフォンの電源を入れる。するといくつかの通知が届いていた。その通知の中で一番に目についたのはマスターからのメールだった。メールの内容は『店に遥ちゃんたちが来たよ。様子が変に思えた』と短文だったが言いたい事はすぐに分かった。「流石、当主の右腕」と感心する。咲は急いで店に行くも当然、遥は帰った後だった。店に来た咲にマスターが遥から預かったメモを渡した。そこには『話があります。空き時間があれば会いたい』と書かれており、咲はすぐ様、遥に連絡をした。連絡を貰った遥は店からほど近い海浜公園のベンチで珈琲を飲みながら咲を待った。春が近いとはいえ、日が沈めば冷える。

 咲が近づくのを察した遥は「こんなところに呼び出してごめんね」と背を向けたまま声を発した。咲は「いや、大丈夫」と優しい声色で返す。そのまま遥の隣に座り「話って何?」とメモの内容を聞いた。咲の問いに「色々、謝らないといけないなって思ったから」と小さく言葉を零した。遥の発言に咲は「それは遥が全部知っていた事について?」と核心を射抜いた。その言葉に小さく頷く遥。

 そう、遥は全て知っていた。知っていたからこそ、ずっと復讐をする時を伺っていた。きっかけはほんの些細な事。長崎県に越してから過ごす日々。平和そのものだった。両親が死んだと言う事実以外は。

 ある日の夜、寝付けなかった遥は叔母とその夫が「どうして姉さんたちがなくなった事故が報道されないか」と言う会話を聞いた事だった。確かに両親が加害者となってしまったとは言え、二人も死者が出た事故。神奈川県で発生した事故とはいえ、報道されないのはおかしい。そう思った遥は自分なりに調べる事にした。しかし何も出てこない。ならば護の父親が経営をしている会社に入社しよう。その為に遥は勉学に勤しんだ。そして入社した。幸いにも遥は雨宮の姓を名乗っており、桜子から護の父親の行動を聞かされるまでは騙せていた。


「…私の事も知っていたんだね…。それともう一つ確認。どうして前園じゃなくて雨宮なの?」

「うん…。考えたく無かった。でも咲の家柄は噂とかで知っていたから。けど、この前、咲が親身になってくれた事で咲が関わっていたとしても理由があるって思えたから。だから。裏切れなった。それから雨宮の姓はね、叔母様たちの優しさ。前園が世間に公表されれば、生きにくいだろうって。結局、意味は成さなかったけど…」

「…そっか。でも信じてくれて、ありがとう。最後に、今回の一件。鍵となったのは匿名のタレコミ。その匿名って遥でしょ?落合の父親にそれを話したら度肝を抜かしていたよ」

「あはは…。バレてる…。ずっといつ行動しようか悩んで、横浜に異動になった時、チャンスだって。でもそしたら護と再会して…。もう、過去を追うのはいいかなって…。そう思ったのに、社長が、護のお父さんが私の事を調べたって…」


 遥と咲。お互いが真実を打ち明けた事で歯車が噛み合った。同時に胸の内に存在した靄が晴れていった。その事に遥は涙を流す。泣きたくて涙を流しているわけではない。ただ、自然と、静かに。そんな遥を咲は強く、だけど優しく、抱きしめた。その行為に遥は泣き叫んだ。その声は海浜公園に響いた。今まで我慢していたモノを吐き出すかのように。泣き叫んだ。


*◇*◇*◇*


 雨が滴る水曜日。咲に全て打ち明けたのは昨晩の事。会社は変わらずマスメディアの対応に追われ、関係部署以外、出勤停止となっている。遥は『全てを打ち明けたはずなのに』と心、此処に在らず。ただ、呆然と居室のミニソファーに腰掛け、テレビを眺めている。テレビは電源を付けているだけの状態。内容は右から左へ抜けている。だが取り上げられている内容は当時、報道されていなかった事柄ばかり。批判的なコメンテーターもいれば賛同的なコメンテーターもいる。正に十人十色。

 そんな遥のスマートフォンに一通のメッセージが届いた。相手は護だ。メッセージの内容はデートの誘い。時間は夜。恐らく護が所属する、東京支店は営業部が対応している為、出勤をしているのだろう。護は一体どんな気持ちで現状と向き合っているのか。確かめる術は会う事だが、窓ガラス越しに降り続く雨を見つめ、小さなため息を吐く。『体調が優れないので今日はお断りします』と断りの文言を打ち、メッセージを送信した。今更の事だが合わせる顔がない。遥が悪い訳ではない。だが遥の両親の事故が記憶喪失の元凶に成ったのは間違いではない。

 再びスマートフォンがメッセージを受信する。護の優しさが込められたメッセージに心がとても、酷く、辛く、苦しかった。『今日はどこに行く予定だったのだろう』と夜になって今日のデートコースを考える遥。結局、家に居ても虚しさが残るだけだった為、食事ついでに外出した。

 外出と言っても自宅周辺の店は詳しくない為、会社の最寄り駅でもある、横浜駅周辺を選択した。この事件が解決したら護との関係はやめなくてはいけない。自らの行いを悔いた。だが護と恋人で居られた日は心を躍らせる日々だった。まるで、そう、高校生の頃に戻れた感覚だった。関係は変えられなくとも、あの頃の様に笑っていたい。護と秘密の交際を始めてからの秘かに思い続けた、唯一の願い。そんな事を考えながら、別れを切りだす言葉を考えていた。その時、前から歩いてくる人に肩がぶつかった。

 考え事をしていた為、遥の前方不注意だ。その為、遥は直ぐに謝罪した。しかし相手からの応答はなかった。それ以上に気になった事がある。それはその相手は傘をさしていなかった事。そして長時間この雨の中を歩いていたのだろうと言う事。何故なら、如何にも高級そうな背広がずぶ濡れだった。さらにその人物は遥が務める会社の社長でもある、護の父親だった。

 護の父親は連日の報道が原因か、様子がおかしかった。発している言葉は聞き取ることは出来ない程、か細い。だが奇声の様にも感じ取れた。不安になった遥は護の父親の後をつけた。その後、護の父親の行動に遥は目を見開いた。


*◇*◇*◇* 


「あの、落合ですけど主人は、主人はどうなんですか!?」


 暫くして護の母親が血相を掻いて病院に訪れ、近くに居た警察官に尋ねた。あの後、護の父親が取った行動は歩行者信号が赤色の状態で横断歩道を渡ろうとした事。護の父親が行動を起こそうとしていた横断歩道は幹線道路に掛かるもの。自動車の数は少なかったが天候は雨。自動車のスピードも計り知れない。その様子を呆然と見るしか出来なかった遥。体が動かない。痛めつけられた分、痛い思いをすればいい。そんな感情に囚われていた。だが同時に両親の様に罪のない人がそれを背負う事に恐怖が現れた。自殺行為とはいえ、人を轢けば罪に問われるのは運転手。時間に換算しても然程、経過はしていない。葛藤を続ける遥。その遥を動かしたのは一つのクラクションだった。「落合社長!!」と叫び、護の父親に駆け寄り、道路に飛び出そうとしている状態の護の父親を歩道側に引き込んだ。当然、女性一人の力で出来はしない行為。遥の叫び声に感化された数人の通行人に手を借りた。そして遥は救急車を呼び今に至る。

 幸いにも護の父親の状態が重傷でない事を聞いた護の母親は安堵の息をつく。同時に近く居た遥の存在に気付き、目つきを変え、遥の元へ行き、頬を叩いた。怒りを含んだ打音は廊下中に響いた。叩かれた遥はバランスを崩した。そんな遥を支えたのは遥の連絡で病院を訪れた咲だった。


「また、あなたの仕業ね!何度奪えば気が済むの。何度、私たちを不幸にすれば気が済むのよ!」

「落合さん、何をしているのですか。彼女はあなたの御主人を救助した方です!」

「…救助ですって、本当は車道に押したそうとしたんじゃないの!?何か反論したらどうなのよ、何を黙っているの!この人殺し!」

「…人殺しはどっちですか」

「な、なによ…」

「人殺しはどちらですかと尋ねたんです!確かに、事の発端は私かもしれません。護と…、息子さんと交際していたから。でもだからと言って私の両親まで殺す必要ありましたか?」


 渦中にいる人物の交通事故。傍には病院からの通報を受けた警察官もいた。警察官の抑制に護の母親は聞く耳を持たない。同時に反論を示さない遥。それが原因なのか護の母親はさらにヒートアップする。護の母親のある言葉で遥は微かに反応を見せた。その言葉は遥の中で混濁状態だった記憶を鮮明にする為の鍵となった。その言葉とは人殺し。

ほんの一瞬。だが遥の中ではかなりの時間が経った様に感じる。記憶が鮮明になった事で遥は声を上げ、涙を流した。全て自分が悪いのだ。そう思いながら生きてきた十年だった。曖昧にしていけなかった。忘れていけなかった。代償は心から愛した人の記憶が失われていた現実だった。だが真実は違った。本当の悪者は護の両親。世間の為、保身の為、護の両親にとって遥は迷惑な存在だった。故に事故に見せかけ殺害を企んだ。真実を知り得た今、遥は真っ向から勝負をする事を決意した。

 暫くして治療室から護の父親が現れ、すぐに駆け寄る護の母親。その姿はまるで悲劇のヒロインの様。その後、二人は警察に誘導され、その場から姿を消した。

 落合夫妻の背中を眺め、懸命に涙を拭う遥。恐怖にさえ感じていた護の母親。その人に立ち向かえた。高校生の時、出来なかった屈辱を晴らせた。その事を知っている咲は遥の背中を優しく撫でた。


*◇*◇*◇*


「遥」

「え…、ま、もる…?どうして…。それに今、遥って…」

「ごめん、ごめん遥。散々迷惑をかけた。東城も…。遥を守ってくれてありがとう」

「本当に記憶があるんだな。でも礼を言われる様な事はしていない。悲しませたのは変わらないから」

「でも、どうして記憶が?」

「…実は父さんの事故現場に俺もいたんだ。でも被害者が父さんだって知ったのは今さっき。遥の言葉で知ったんだ…」


 遥の様子も落ち着き、帰路に着こうと準備を始めた時だった。遥は突然、呼び止められた。聞き覚えのある声に視線を向け驚いた。声の主は護だった。何故、驚いたのか。それは護が病院にいる事。同時に遥への呼び方が違った事だった。社内で呼ぶ雨宮さんでも、密会をしている時の遥さんでもない。十年前の呼び方だった。遥は持っていた荷物を床に落とし、護に抱き付いた。泣き叫びながら何度も名前を呼んだ。何度も、何度も。まるであの日、護の記憶が無い事を知り、雨の中、家路を急いだ、あの日の様に。

 そんな遥を抱きしめる護。二人の姿を微笑ましく見る咲。だが一つ疑問が残る。それは如何にして護が記憶を取り戻したか、と言う事だ。疑問に思う二人に対し護は口を紡ぐ。しかし、答えなければいけない。護は深呼吸をし、心の準備をして、その原因を話した。遥が父親を救った現場に護も居合わせ、目の当たりにした。雨で反射した車のライトで被害者が父親だと認識は出来なかった。しかし状況が類似していた。記憶を失ったあの日と。

 その後、護は激しい頭痛に襲われ意識を失い、父親とは別に病院に運ばれ、先程まで治療を受けていた。そして治療を終え帰路に着こうした矢先、母親と遥の会話が聞こえ、話が終り、遥が帰り支度をするタイミングで声をかけた。というわけだ。

 その話を真剣に聞く遥。ただ、一つ不安があった。両親の仕出かした事を護はどう感じているのだろう。という不安。その不安は遥の表情に出ており「大丈夫、もう離れない」と声をかけ、再び抱きしめた。護のその一言は魔法の言葉に感じた。

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