Act.10~本当はね、全部知っていた~

 咲に胸の詰まりを相談してから数日が経ち、事態は急展開を迎えた。本社ビルの正面を囲むように溢れんばかりの人。ヒト。ひと。同時に数台のテレビカメラも確認できた。あまりの量に唖然とする。『いったい何があったのだろう』と他人事の様に干渉する遥。だが押し寄せた大量のマスメディア。その原因の一つに遥が関わっている事とは誰も想定していない。するはずもない。


「おはようございまーす」

「おはよう、愛梨。すごい人だったけど大丈夫だった?」

「何を言ってるんですか、遥先輩。こんなの当然!寧ろ序の口ですよ!!もしかして先輩、ニュースを見てないんですか?」

「お察しの通りで…。コメンテーターとかが苦手でさ」


 出勤する為、家を出た遥に一通のメールが届いた。それは社内メールだった。内容は≪本日は正面玄関への立ち入りは禁止とする。出勤の際は地下駐車場の通用口を使用する様に≫と言うものだった。突然の出来事に処理が追い付かなかったがその理由を理解したのは横浜駅に到着してからだった。それは会社の正面玄関を埋め尽くす数多のマスメディア。それを見た遥は小さく笑みを零した。

 遥が出勤して、まもなく愛梨も出社した。外の状況を知っている遥は愛梨の心配をした。理由を知っているのか、愛梨は序の口と表現した。その理由を知らずにいる遥に愛梨は尋ねた。愛梨の質問に恥を見せながら答える遥。実際の所、両親の事故死以来、ニュースは愚か、テレビをつける事に億劫になっていた。『テレビをつけたら両親が非難されているのではないか』。単純に被害妄想だと分かってはいる。しかし抑制力が働いてしまい、今日もテレビつける事無く、出勤してきた。

 そんな遥に優弥が近づき「ネットニュースならコメンテーターを気にせず見れるだろ。社会人なら日々の主要事項くらい把握しておけ」と現在、騒がれているニュース記事を画面に表した状態でスマートフォンを遥に渡した。優弥にわたれたスマートフォンを見た遥は驚愕した。そこに書かれていたのは以前、この会社で行われていたパワーハラスメントについてだった。しかもハラスメントを受けた社員は自殺に追い込まれ死亡。会社は事実を知り得ていた上で隠蔽していたと言うものだった。極めつけは被害社員の名だ。その名は前園啓介。その人物は正真正銘、遥の父親だった。


「しっかし、大手商社と呼ばれる会社がまさかの隠蔽とは恐れ入りますよね」

「そう、だね。そ、それより足立課長、なんでこちらに?まさかニュースを見せる為ではないですよね」

「ん。あ、ああ。高槻から今日締めの企画書を受け取りに来たんだよ」

「今日締めの企画書?愛梨、何か聞いてる?愛梨?」

「すみません!超特急で仕上げます」


 優弥の訪問理由を知った愛梨は一気に青ざめる。同時に目にも止まらぬ速さでキーボードを打ち始める。企画書の締め切りを忘れていたようだ。


*◇*◇*◇*


「もう!仕事が出来ないなら帰りたいです」

「出来ないっていう前に企画書な。それに今、外に出たらマスコミの餌食だぞ」

「そんなこと分かってますよ!それより、さっき確認したんですけど、この企画書の締切り明後日になってたんですよ!!ありえない!!」

「愛梨、聞こえるから…」

「聞こえていいんです!!子どもでもやらない嫌がらせを大人がやるなんて、サイテーですよ!サ、イ、テ、イ!です!過去も大事ですけど今の、この現状も報道して欲しいです」

「あはは、でも愛梨は凄いね…」

「何、言ってるんですか遥先輩。当然の事ですよ!」

「当然を当然と言える奴が少ないって事だろう。それより手を動かせ」

「足立課長はいっつも、一言多いんですよ!!でもなんでこのタイミングなんですかね」

「さあな。警察は目をつけていたと書いてはあったが…」


 昼過ぎ、マスメディアは減る様子を見せない。それどころかテレビを見た野次馬までもが湧く始末。企画書の処理に追われる愛梨の現状に見兼ねた遥と優弥も手伝っている。どの道、マスメディアを刺激しないようにと出勤した社員たちは社内待機を命じられており、思うように仕事は出来ていない。こういう場合、一番の打撃は営業だ。大半の仕事が出来ないのだから。だが愛梨は違った。企画書の締切りを偽造されており、怒りの矛先は日頃から愛梨に嫌がらせをしている人たちに向けられた。到底真似は出来ない。そう思えてしまう程、愛梨は口も手も動かしていた。遥は感心する事しか出来なかった。


*◇*◇*◇*


「雨宮…?大丈夫か?さっきから顔色悪いぞ」

「あ、うん…大、丈」

「じゃないな、医務室行くぞ」


 日が傾くも社外の様子は変わらない。社内待機はおろか、出勤をする事が出来ない社員もいる。当然、仕事をした所で何の足しにも成らない。ふと、優弥は遥の様子に異変を感じた。明らかに顔色が悪い。遥に状況を聞くも「大丈夫」と答える。だが優弥はどんな状況でも大丈夫と答えるのは遥の悪癖だと経験から知った。小さくため息を吐き、優弥は強制的に医務室へ連行する事にし、愛梨に「その企画書、戻ってくるまでには出来上がるよな」と確認をした。愛梨の回答はYESだ。


「足立課長、すみません」

「謝らなくていい、それより我慢する癖をどうにかしろ」

「それは、無意識なので何とも…」

「…落合だったら何とか出来たのか」


 医務室につくなり、ベッドで横になる遥。優弥の言葉が胸に刺さる。何も考えずに出た言葉。言い訳に過ぎない。分かりきっている。だがその言葉に正解はない。否定も肯定も出来ない。否、してはいけない。遥は目を瞑り、深呼吸をする。話の筋を変えたかった。何か話題はないか、懸命に考える。結果一つ、確かめていない事があった。それは優弥と桜子の事だ。


「あの、足立課長。この前の、食事の件、騙すような事をしてすみませんでした」

「…白を切っても仕方ないな。どうせ落合桜子が強制したんだろう、それに俺も話をしたかったから、お互い様だ」


 遥の問いに優弥は答える。唐突ではあったが話題の方向性を変えたかったのは優弥も同じ。故に答えた。嘘偽りなく。遥が用意した食事会に行った日の事を。優弥はメールの内容に従い、定刻通りに喫茶店へ足を運んだ。勿論、その場に遥が居ない事は分かっていた。分かってはいたが、ほんの一握り。小さな可能性を抱いていた。しかし、その可能性は見事に砕けた。店に居たのは桜子だったからだ。

 桜子と優弥の関係は既に終わっている。どの立ち位置で会話をするべきか悩んだ。が答えは意外にも簡単だった。学生時代の先輩でいればいい。社長のご令息の妻でも元交際相手でもなく。その時の桜子と優弥の心境を遥は酷く、理解してしまった。勿論、優弥の行動も間違いではない。遥は謝罪をした。病室で会話をした時の桜子は優弥の事を未だ引きづっている様に伺えたからだ。それは遥が護を想っている事と似た感情だと、錯覚してしまう程に。


「ごめんなさい、ごめんなさい…足立課長。いいえ、足立優弥さん…」

「最後の最後で名前で呼ぶって事はこの関係も終りか。後、雨宮が謝る必要は無い。俺の判断が正しいかなんて俺にだって分からない、だけど今願うのは桜子の幸せなんだ」

「私も話します。何故、落合さんとこんな関係を取っているのかを」


 顔色一つ変えない優弥に遥は返す言葉を失いう。その謝罪に別れの意味も込めて。そんな遥に優しく頭をなでる優弥。だがその優しさは酷だ。胸が張り裂けそうな程に。そして遥は護との関係を話した。その内容に優弥は驚愕した。三人の間で起きていた実態に、本当の邪魔者は優弥自身だと判明してしまったからだ。学生時代、もう少し考えて行動をしていれば、優弥が恋をしなければ、桜子が優弥に恋をしなければ、恋と言う感情を芽生えさせなければ桜子が不幸になる事なかった。自分を卑下する優弥に遥は「違います。足立課長は何も悪くありません。その逆です、今までは駄目だったかもしれません。でもこれからの未来ことは足立課長が導けばいいんです。出来ますよ、桜子さんはあなたと出会えたのだから。」と笑みを零した。遥の言葉に納得した。

 話が終ると疲れてたのか遥は寝息を立てる。体調が芳しくない状態でする話では無かったと反省した。同時に桜子が結婚をするから別れて欲しいと告げに来た日、肯定ではなく否定すれば良かったのか。否、肯定したからこその未来みちだと覚悟を決め、優弥は医務室を後にした。


*◇*◇*◇*


「や、約束が違うじゃないか」

「約束が違う…。意味が分かりません。落合さん」

「意味だと。なんだね、あの報道は。東城は落合私たちを守ると契約を交わしたはずだ!!」

「ええ、東城は落合さんのした事に対して一切、口を開くことなく世間からも警察からも守る。確かにそう契約しました」


 報道から数日が経った。マスメディアの量は未だ変わらない。社員や社長への取材など、連日ニュースで流れる。本社は臨時休業を余儀なくされ、実情を知らない各都道府県の営業所員はニュース内容に注目するしかない。ある日、渦中にある護の父親の罵声が響く。場所は本社に設けられた社長室だ。人除けをしており、そのフロアには護の父親と罵声を浴びせた一人の客人しかいない。

 すると護の父親の罵声に納得がいかない客人が声を発する。その主は咲だった。咲は護の父親の罵声に表情一つ、変えることなく対応し、会話を成立させていく。ここで生まれた疑問。それを解く鍵は霧島隆浩と言う人物だ。

 隆浩は善良な行為だと騙され、ある事件を起こした。それが現在、騒がれている隠蔽されていた殺人だ。隆浩は名を伏せた落合の父親から前園啓介という人物に車両点検と言う名目で指定した業者を紹介させた。それが金を積めばどんな違法行為も問わない悪徳業者であった事は後に咲の父親、東城組当主が用意した書類で知った。その際、見つけた一枚の書類を落合の父親に見せた。そこには有効期限は十年の文言が記されていた。


「こ、こんなもの私は知らない。こ、こんなもの違法取引だ、私が確認した書類には…」

「知らないと言われましても約束は約束です。それに落合さんの事です。書類の内容も確認せず、証拠となりうるこの書類を捨てた…。いいえ、燃やしたのではないですか」

「で、では連日のマスコミはあなた方が」

「東城はそんな卑怯なことは致しません。がこちら側の情報によると今回の報道は匿名のタレコミがあったと聞いています。それより落合さん、いい加減ご自身の罪を認めては如何ですか」

「罪を認めるだと…。私は何もしていない!そうだ何もしていないではないか!私が罪に問われると言うのなら君たちも同罪ではないか!」

「往生際が悪いですね、では一つ良い事を教えます」


 焦りを見せる護の父親。極道のイメージを裏切らない発言をする咲。咲の言葉に図星とばかりに生唾を飲み込む護の父親。彼は罰せられる事を恐れている。護の父親の言う通り、自ら手を下したわけではない。しかし加担した事に間違いはない。護の父親から発せられる言葉は正に負け犬の遠吠え。いつか明るみに成る事なら、実行しなければいい。しかし、そういう抑制力が働きにくい人間なのだろう。足掻く護の父親。その態度にため息をつく咲。そして「いいこと」と称してある事を口にする。咲の言葉に目を見開いた護の父親。頂上から奈落へ突き落されたような表情を見せる。その様子に咲は「様あ、見ろ」と嘲笑うかの様に呟き、社長室を後にした。

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