第44話母親とは

「リリーは本当に可愛いわねぇ」

「天使のようだわ」

「赤ちゃんの泣き声が聞こえてくると、とっても微笑ましいわよね。屋敷中が笑顔になるのよ」

「ねえ、次は私に抱っこさせてよ」


侍女たちが、代わる代わるリリーを取り合っている。

首が座り始めたので、新生児を抱っこするよりも恐怖感が少なくなったからだろう。


マイロはそれを疲れた笑顔で見守っている。


「マイロ、寝れていないんでしょう?今のうちに少し眠ったら?」

「いいえ、奥様。私はリリーの母親ですから」


マイロから、女の子が産まれたらリリーにすると言われた時は驚いた。

『奥様のような女性になって欲しくて…あやかりたいのです。お許しいただけますか?』

まだ彼女のお腹が目立たぬ頃の話だ。


「リリー、お母さんを少しは休ませて上げなければ」

「いけません、奥様」

「私が見るのは、不安?」

「いえ、そんな…」


クマで縁取られた目は大きく見開かれていた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





3時間くらい経っただろうか。

マイロは良く休んでいるようだ。


屋敷の中をリリーを抱っこしながら散歩をしていると、途中ソバタとすれ違う。

「あれ!?リリー!?なぜ奥様が!?」

「マイロ、だいぶお疲れよ?夜眠れていないんじゃない?」

「母親なんですから当たり前ですよ。奥様に押し付けて…なにやってんだよ全く。マイロにしっかり言っておかないと」

「…ソバタ?ならあなたがリリーを見れば良いでしょう?」

「?なぜです?変なことを仰いますね」


私は大きなため息をついて言った。

「ならば乳母をお願いしなさい。何度も言ったはずです」

「それも必要ないと思いますけど…僕、前から疑問だったんですよね。母親はそうするように作られているはずなのに、なぜ乳母など頼んでわざわざ子どもを引き離す必要があります?」

「まさか、ソバタ、あなたマイロの前でもずっとそんな調子なの?」

「え?僕、なにか変なこと言いました?」


これではマイロが倒れるのも時間の問題だと思う。

リリーが泣き始めた。そろそろおっぱいの時間なのだろう、あやしても火がついたように泣いて泣き止む様子はない。

仕方なく彼女が眠っている部屋の扉をノックした。

反応はない。

何度かノックして、「マイロ!?マイロ!入るわよ!」


中央に置かれたベッドの上、彼女は死んだように眠っていた。

けれど、リリーの泣き声を聞くや目が見開かれて、無感情に抱っこをして乳を含ませている。

その姿にゾッとした。

目は前を向いているが、何も見えていない。


「…くさま…あり…ました」

口元が震えるくらいの動き。酷くボソボソとして聞き取れない。


私は腹の底から怒りが湧いて来る。

「マイロ、私に考えがあるの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る