第32話 間接的な復讐の方法(前半、フォレスティーヌ視点、後半、リリア視点)

「あああ!!!腹が立つ!!!なんなの、なんなのよ、リリア!!!!許さない!許さないわ!!!お父様もお母様もどうして何も言わないの!?」


父は微笑みすら湛えて言った。

「何を言うのだ、フォレスティーヌ。この屋敷の改築費用を他でもないカールライヒ伯爵が全額負担してくれるのだ」

「はあ!?だ、だからなんなのよ!私はあいつの元妻よ!?それくらい当たり前じゃないの!?」


母も一切の動揺を見せずにただ紅茶を啜って言った。

「いいこと?フォレスティーヌ。レントバーグ家が、カールライヒ家に関わらなければ全額負担するという条件なのよ?」

言葉を失った。

父はにこやかに続ける。

「お前のわがままで始まった改築なのだ、良いか、この際思いっきり踏んだくってやるぞ。この国で一番腕のいい建築社で、新しい技術と、一番意匠を凝らした装飾で全てを集結した屋敷を建てて貰おうではないか!こちらはタダだぞ!全額負担だ!ガハハハハハハ!!!!」

「なら、いつまでこのボロ屋で暮らせば良いのよ!?」

完成するまでの仮住まいに三人肩を寄せ合い、ぎゅうぎゅうで暮らしている。


「仕方がないだろう、その内一番豪華な屋敷で暮らせるのだ、文句を言うんじゃない!良いか、間違ってもリリアや伯爵に関わるなよ!?良いな!?」


(そんなこと言ったって…取り敢えず敷地内に埋めた奴隷の死体が見つかりでもしたら……!!)


とても気が気じゃなかった。私は、これから毎日こんな気持ちで暮らさなければならないのだろうか。


(誰か!誰かなんとかして!!)





✳︎ ✳︎ ✳︎





紫煙混じりの吐息は、天井に向かいながら霧散する。

旦那様は、珍しく葉巻を吸っている。頂き物なのだそうだ。とはいえ、何やら吸うための道具が揃っているので、もともと吸う習慣があったのかもしれない。

灰皿に置かれた葉巻は、とてもじっくりじんわりと燃え広がってゆく。それを繁々と見つめた。

「葉巻が珍しいか?」

「ええ。あまり近くで見たことがなかったので。それより旦那様?あのー、完成しないってどう言うことです?」


伸びた髪をさっぱりと切った旦那様は読んでいた新聞をテーブルに広げたまま置いて、眼鏡を外しながら言った。

「それでは私が嘘をついた事になるではないか。完成はするさ、いずれはな」

「い、いずれ、ですか…?」

「100年後か150年後か…はたまた200年後か…まあ、完成するのはレントバーグ家の全員が生を全うした後だろう」


開けられた大きな窓から心地よい風が吹き抜けて舞ったカーテンが、私と旦那様の間を隔てた。

カーテンの向こうの旦那様が淡く見える。

「あっ…」

思わず手を伸ばすと、カーテンがふんわりと戻る。

伸ばした右手に、旦那様の長くて男性らしい指が滑って柔らかく握られた。

「今彼らは仮住まいの狭い借家暮らしだ。大豪邸の完成を今か今かと待ち侘びながら年老いていき、その姿を見ることすらなく死する時に気づくのだろう。…どうだ?性格が悪いだろう?とはいえ君のご家族だからな、これでも遠慮したくらいだ」

悪戯っぽく片方の唇だけが釣り上がる。

「いいえ。性格が悪いのは…私の方ですから」

「知っているぞ。君はご家族のことをそれほど憎んでいない…うん、語弊があるかな…憎みきれないんだろう?」


情けなくて目を伏せる。

「…なんでもお見通しですわね。あれでも家族ですから…悪い思い出ばかりではないのです」

「少ない良い思い出が復讐を躊躇わせるというのはあるだろうな、誰にでも」

「私のことを思い切り嫌いでいてくれたら、私も振り切れたのですけれどね。私は人に左右されてばかり。自分の芯がないのです」

「あのクソ野郎に一矢報いる為に、一人で大健闘したじゃないか。私のことを生き返らせてくれたしゃないか…我が妻はそこらのご令嬢とは違うぞ」


思わず大きく澄んだ目を見つめ返した。

旦那様の頭が肩に凭れ掛かり、腰をやんわりと抱き寄せられた。

「まだ肋骨は痛むか?レンダーから一ヶ月は様子を見るよう言われたが」

「かなり楽になりました。もうすぐくっ付くと思います」

「…あの野郎、腕も折っておけばよかった」

「またそんな」

「そうだ、腕といえば君の実家を解体していたら面白いものが見つかったぞ」

頭を上げると、やっぱり悪戯するような顔で言った。

「敷地内に男の腕が埋まっていたらしい。それであちこち掘ってみると足だの首だのも出てきてな。それらを繋いでみたら、異国の男の遺体だったそうだ。それも死後そう経っていない」


息が止まるかと思った。

それは、多分

「あ、姉が…?まさか…何を…何をしたと…」

「さあな。こちらでは調べるにも限界があるし、何より違法に入国した奴隷だろう、フォン男爵が絡んでいるのなら尚更…。私たちでは丁重に葬るしかなかった。…だがこれでフォレスティーヌは一生怯えて暮らすのだろうな」

旦那様は遠くを見るような目で窓の外を見た。

私も窓の外を見る。ヴァンルード家を追い出されてから…カールライヒ家に嫁いでから一年が経とうとしているのだと実感する。

少しだけ寒かった。

旦那様は勘がいいので、窓をピッタリ閉めると、暖炉に火を入れるようソバタに言った。

マイロが温かいお茶を出してくれたので、ソファに腰を下ろす。

ふんわりとブランケットを肩からかけてくれた旦那様に後ろから抱きしめられた。

「身体が冷えている。君にしては珍しいじゃないか」

「…旦那様が温めてくれるのでしょう?」

「君は、考えていることが分かりやすい。フォレスティーヌの事が心配か?」

「自分でもわかりません…」

「あの女が撒いた罪の種だ。何をしたのか知らんが…奴隷だろうが貴族だろうが、人を殺せば一生まともには暮らせんだろう。清々しい復讐ではないが、君は…私も…やり遂げた」

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