第14話 恵里花がワインを持っていた理由
恵里花の言葉に、神官はちょっと小首を傾げながら聞き返す。
「えぇーと、空の樽をどうするんですか?」
そこで、恵里花は自分の言葉が足りなかったことに気付く。
〔ダメねぇ…説明したつもりになっていたわ
きちんと言葉にして言わないと………〕
「ごめんなさい、私の説明不足ですね
空の樽に、お湯を入れて
その中で、蜂蜜や砂糖の《甘味》を
溶かすんです
その方が身体への吸収が早いでしょうから
そこへ、ワインを入れようと思うんです
なんなら、身体を温めるショウガパウダーを
入れても良いかなって思っているので」
恵里花の説明に納得し、神官は頷く。
「わかりました」
説明をしていた神官の後ろで、そのやりとりを黙って聞いていた神官達が、よろよろと動こうとする。
そこに、オスカーが声を掛ける。
「貴方達は、ここに座って下さい
姫君の要望には、我々騎士が応えますから
少しでも休んで下さい」
その言葉に振り返った恵里花は、オスカー達の方を見る。
すると、確かにテーブルとイスが、もうそこに用意されていた。
それを見た自分で動ける神官や魔法使い達は、よてよてと歩きイスに座った。
弱っていた者達が、それぞれ恵里花が予定していた場所に座ったので、次にやりたかったことを始めることにした。
それは、空の樽にお湯と蜂蜜や砂糖を入れて溶かすことだった。
恵里花は、自分で動かすにはかなぁーり重いスーツケースへと手を伸ばす。
そんな中で、恵里花は、スーツケースの中に入っているワインを、もらった時のことを思い出していた。
そう、こちらに《召還》される数時間前のことを………。
駅ビルに買い物(一月分の買出しとも言う)に来ていた恵里花に、酒屋を営む夫婦が声を掛けたのだ。
「恵里花ちゃ~ん」
「あっ…おばさん…おじさんも…どうしたの?」
2人揃って、にこにことしながら恵里花に言う。
「あのねぇ~この前の地震大きかったでしょ…
倉庫のお酒がかなりダメージ受けてねぇ…
特に、瓶入りのワインが割れたり、ヒビったり
紙パックのワインがへこんだりしてねぇ~…
ワインが大量に売り物になんなくなって……」
その言葉を聞いて、恵里花は瞳を期待でキラキラさせる。
〔うわぁ~い……安物ゲットの予感……
何割引きになるかなぁ~?〕
「えっ…もしかして…………
格安で売ってくれるんですか?」
「いやいや…いっつも…
大量にお酒を買ってもらってるし…
今回のは…瓶やパックから回収したモンだから…
タダでイイんだよ」
にこにこしているおばさんとの隣りにいたはずのおじさんは、恵里花の気が付かない間に、倉庫の冷暗所に保管していたモノを取りに出ていた。
そのコトに気付かない恵里花は、ちょっと困った顔をする。
「でっ…でも…悪いですよぉ~」
〔どうしよう? 流石に、タダは悪いわ
いくら損金の必要経費に入れられても……
いや、マジで……どうしたら…………
でも、好意で言ってくれているんだし
断るのも悪いし…安いの欲しいし……
って、そうだわ
今日持って来たパウンドケーキとかを
多く手渡せば良いわね〕
そう恵里花が自分を納得させている間に、おじさんが台車に乗せてソレらを持って戻って来た。
そして、恵里花の前に置き、おばさんがどこかホッとした顔で、指差して言う。
「コレに、じょうごで入れたんだよ」
そう恵里花が言われたコレとは、防災用の水入れ、俗に言うウォータタンクだった。
それも、給水に便利なコック付きのモノで、1番大きなタイプ。
それが、足元に2つ鎮座していた。
他にも、小さめのウォータータンクがコロコロと………。
視線をウォータータンクへと落とした恵里花に、酒屋のおばさんの言葉は続く。
「勿論、丈夫なキッチンペーパーで
ワインを濾してねぇ……
ほら、ガラスのカケラが心配だったから…
いや、少しヒビが入っただけなんだけどね
欠けたカケラなんてモノは、結局無かったけど
やっぱり心配だから……念には念をってね……
勿論、完全に割れちゃったモノは危ないから
入れて無いわ
ほとんどは、割れたモノの中身がかかって
外装が汚れて商品として売れないモノと
ベッコリと凹んじゃった紙パックでね
何本かは、ヒビが入ったモノを混ぜたモノなの…
…だから…赤ワインなんだけどぉ~………」
ほぼ透明な容器の中に口いっぱいまで入った液体の色は、真紅と呼べるような濃い赤と、それよりはあきらかに色の薄い赤い色と2つあった。
他に、琥珀色のモノも存在していたが………説明は無かった。
「国産と外産…高いのや安いの…なんて…
いっさい…考慮しないで混ぜたからさぁ~
料理にでも使ってよ
ウチでは、ワインは飲まないから…
ねっ…もったいないしさ…」
〔そういうモノだったらイイわよね
コレで、果物のワイン煮でもしようかな?
それを使ったパウンドケーキとか
ゼリーとかも良さそう……
さっき、業務用のゼライス買ったし……〕
「ありがとうございます
その代わりに、これをよろしかったら…
お茶のときにでも食べてください…」
そう言って、恵里花は手作りの様々なケーキを背中に背負っていた大きなリュックから大量に手渡していた。
いや、恵里花本人は知らないことだが、この界隈のおじさんおばさん達の間では、その手作りケーキ食べたさに、賞味期限etc.などと理由を付けて貢(みつ)ぎ、換わりにケーキなどをもらうことが流行っていた。
だから、夫婦は大量ゲット出来たので、ニッコニッコしていた。
「いやぁ~悪いねぇ…
恵里花ちゃんのケーキは絶品だからぁ」
〔そう言って、おじさんが
まだ、あの時は中身がスカスカのスーツケースに
ワインと他のお酒を詰めてくれたんだっけ………
もともと、タダでもらったワインなんだから
人助けに使うんだしイイよね
でも…確かに…神官様の言うように
こちらでは二度と手に入らないモノだよねぇ~…
はぁ~……もしも、恵里花に…そうねぇ………
荷物の全部をコピーする魔法とか…
幾ら中身を使っても………
スーツケースやリュックサックに戻せば
元に戻る…還元の魔法……で良いんだっけ?
……とかが…使えたら…良かったのに……
いや、まだ、なんの訓練もしていないし
そういう魔法が有るかわからないし………
でも、そういう魔法が有ったら……
そして、使えたら…便利よねぇ~……
恵里花の持ち物全てを複写せよっ…
そして、全てのモノは、元の場所に入れたら……
元通りに還元せよ
……なんてね…厨二病過ぎるわ…流石に………〕
恵里花は、先ほどの神官のセリフを考え、ひと時ぼんやりとスーツケースを撫でながら、コピー(複写)や還元の魔法を使えたら良いなぁなんて思った。
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